第186話 天津甕星(あまつみかぼし)

 俺達はさらに道を進み、とうとう領域エリアボスである“天津甕星あまつみかぼし”のいる祭壇へとたどり着いた。


「……あれが、ここの領域エリアボス、か」

「はい」


 桐崎先輩の呟きに、氷室先輩が頷く。

 腰まである黒髪で容姿端麗な天津甕星あまつみかぼしは、巫女装束を身にまとい、その両手に流星すいをたずさえて、祭壇の上で目をつむりながらたたずんでいた。


 ……まあ、氷室先輩からすれば、的にしてくださいと言っているようなモンだな……って!?


「ふふ……ならば、参る!」


 そう叫ぶと、桐崎先輩は獰猛な笑みを浮かべながら、天津甕星あまつみかぼしへと突撃していった。

 いや、もう少し様子を見てからにしましょうよ!?


 すると天津甕星あまつみかぼしはゆっくりと目を開き、流星錘を振り回して[関聖帝君]へと投げつけた。


「フッ!」


[関聖帝君]は青龍偃月刀で弾こうとしたところを、鎖で上手くからめとられてしまう。


「ふふ……この[関聖帝君]と力比べとは、いい度胸だ!」

『ッ!?』


 そう言うと、[関聖帝君]は青龍偃月刀を力任せに振り回し、天津甕星あまつみかぼしが体勢を崩した。


「隙ありですワ!」


 いつの間にか天津甕星あまつみかぼしに肉薄していたサンドラの[ペルーン]が、巨大なメイスを高々と振り上げていた。


「食らいなさい! 【裁きの鉄槌】!」


 メイスを中心に、稲妻がほとばしる。

 そして、今まさに天津甕星あまつみかぼしの頭上へと振り下ろされようとした、その時。


「ッ!? ナッ!?」


 天津甕星あまつみかぼしが、一瞬で桐崎先輩・・・・に入れ替わり、[ペルーン]は慌ててメイスを止めた。


 そう……これこそが天津甕星あまつみかぼしのスキル、【転身】。

 敵と自分を瞬時に入れ替え、形勢を逆転してしまう面倒なスキルで、その有効範囲は流星錘が届く範囲の十メートル。


 特に足場が狭く、一歩間違ったら奈落へと落ちてしまうこの“葦原中国あしのはらなかつくに領域エリアにおいては、まさにうってつけのスキルだ。


 当然、天津甕星あまつみかぼしの能力を解析済みの氷室先輩は、その有効範囲の外に位置取りをしている。


「先輩! サンドラ! ソイツは俺達に任せてください!」

「エエ! お願イ!」

「むう!? だ、だが……!」


 俺がそう告げると、サンドラはすぐに引いてくれたが、先輩は悔しそうに唇を噛んだままだ。

 だけど、たとえ『ガイスト×レブナント』最強の先輩だって相性ってものがあるし、苦戦することだってある。


 だから。


「先輩! 俺達はチームなんです! だから、俺に頼ってください! もちろん、俺じゃどうにもならない時は、全力で先輩に頼りますから!」

「っ! ……分かった!」


 俺の言葉の意味を理解してくれたのか、先輩はようやく天津甕星あまつみかぼしから距離を取った。


「さて……覚悟しろよ? 言っとくが……俺の[シン]はそう簡単じゃないぞ!」

『行くのです!』


 その言葉を合図に、[シン]は一気に天津甕星あまつみかぼしに詰め寄ると。


『ッ!』


 天津甕星あまつみかぼしが当然のように【転身】によって[シン]と体を入れ替え、勢い余った[シン]は祭壇を飛び越えてそのまま奈落の暗闇の中に溶けて行った。


『…………………………』


 そんな[シン]を眺め、天津甕星あまつみかぼし嘲笑ちょうしょうを浮かべる。

 だけど……甘いんだよ!


『はうはうはうはうはうー! 【神行法・跳】!』


 叫び声と共に[シン]が奈落の中から飛び上がり、そのまま空中を駆ける。

 まあ、【転身】なんてスキル、[シン]には何の意味もないんだよ!


『ッ!』


 すると今度は、流星錘を投げつけて牽制しつつ、本命である魔法を発動した。

 あれは……即死効果のある闇属性上級魔法の【デスブレイク】か。はは、馬鹿な奴。


領域エリアボスに俺の言葉が理解できるかどうかは分からないけど、とりあえず教えてやる。[シン]には【状態異常無効】のスキルがあるから、オマエの【デスブレイク】は無意味・・・だよ」

『ッ!?』


 そう告げると、天津甕星あまつみかぼしは明らかに動揺する仕草を見せた。

 へえ、領域エリアボスは言葉の意味が分かるのか……これは新しい発見だ。といっても、馬鹿なことには変わりないけどな。


 だって。


『背中がお留守なのです!』


 俺の言葉に気を取られている隙に、[シン]は天津甕星あまつみかぼしの背後を取り、ペタリ、と呪符を貼り付けていた。


『【裂】』

『アアアアアアアアアアアアアッッッ!?』


 天津甕星あまつみかぼしの全身がズタズタに引き裂かれ、絶叫がこだまする。


「さあ[シン]! トドメだ!」

『ハイなのです! 【雷】!』


 祭壇の上でのたうち回る天津甕星あまつみかぼしに呪符を貼り付けると、その全身を紫電が駆け巡り、不規則な痙攣けいれんと共に黒色の煙がくすぶった。


 そして、暗闇をつんざくような叫び声が止み、天津甕星あまつみかぼしは幽子とマテリアルとなった。


『はう! マスター!』


[シン]は一気に俺の所に飛んでくると、勢いよく飛びついた。


「はは! さすがは俺の[シン]だ!」

『はうはう! 当然なのです! だから、たくさんたくさん褒めて欲しいのです!』


 そんなおねだりをする[シン]を抱きしめ、俺はこれでもかというほど、その頭を撫でてやる。


『えへへー、最高のごほうびなのです……』


[シン]は嬉しそうに目を細めながら、俺の胸に何度も頬ずりをした。


 ◇


「うむ! 【闇属性反射】を手に入れたぞ!」


 祭壇の裏側にあるほこらに祀られていた水晶玉に触れた先輩が、嬉しそうに宣言した。


「つ、次はワタクシですワ!」

「はは、別に慌てなくでも水晶玉は逃げないから」

「で、ですけド……モウ」


 俺は苦笑しながらそう言うと、サンドラが恥ずかしそうにして口を尖らせた。


「そういえば、氷室先輩はもう【闇属性反射】を取得済みなんですよね?」

「いえ……実は、水晶に触れたらスキルを手に入れられるということを、先日の“アトランティス”領域エリアで初めて知りましたので、その……」


 そう言うと、氷室先輩は少しバツが悪そうに視線を逸らした。

 あー……まあ、知らなかったらそんな怪しい水晶玉、触ったりしないかー……。


「ですがヨーヘイ、これでこの領域エリアも踏破ですわネ!」

「ああ……これでメイザース学園との交流戦に向けて、できる限りの準備はできたな」

「エ……? どういうことですノ?」


 俺の言葉を耳聡く聞いたサンドラが、一瞬不安そうな表情を浮かべる。

 おっと、余計なこと言っちまったな。


「はは……いや、ひょっとしたら向こうの代表に【闇属性魔法】スキル持ちの精霊ガイスト使いがいるかもしれないだろ? まあ、準備しておくに越したことはないって意味だよ」

「ア、そ、そうですわネ……」


 サンドラは納得したように頷くけど……スマン、今の言葉は半分だけ嘘だ。

 本当は、交流戦の代表の一人が、いずれ最強・・・・・の【闇属性魔法】の精霊ガイスト使いだってことを知っている。


 それこそが……メイザース学園生徒会会計の一年生、“土御門シキ”。


 俺は来る彼女との戦いを思い浮かべ、ギュ、と拳を握った。

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