第185話 葦原中国(あしのはらなかつくに)領域

 桐崎先輩とサンドラが家に来た日から一週間後の日曜日。


 俺達は氷室先輩の案内の元、“葦原中国あしのはらなかつくに領域エリアに来ていた。


「本当に、一本道だな……」


 先輩がポツリ、と呟く。

 領域エリアボスまでへと続くその道は細く、明かりの灯った灯篭とうろうが等間隔で立ち並んでいる。

 そしてその道の外側は、どこまでも続くかのような暗闇が広がっていた。


「この下には、一体何があるんですノ……?」

「……考えるだけ無駄だろ。そもそも、下に落ちたら一巻の終わりだからな」


 下を覗き込むサンドラに、俺はそう告げてあまり道の端に行かないように促す。

 だけど、もし俺達の中に高所恐怖症の奴がいたら、絶対にこの領域エリアは踏破できないだろうなあ……。


「それで……ここの領域エリアボスまではどれくらいの距離があるんだ? 階層の数は?」

「はい。階層はここのみで、領域エリアまでは最短で半日もあればたどり着けます」

「む、思ったより短いのだな」


 氷室先輩の説明に、先輩は意外、といった表情を浮かべた。

 だけど氷室先輩の言う通り、この領域エリアは二周目特典の五つの領域エリアの中で最も短い。

 まあ、それには理由・・があるんだけど、今はこの領域エリアの踏破だけが目的なので、そこは置いておこう。


「さて……それでは私が先導しますので、ついて来てください」


 氷室先輩を先頭に、俺、先輩、サンドラの順で進んでいく。

 すると。


「……来ます」


 は突然立ち止まった氷室先輩は、[ポリアフ]を召喚して前方を見据える。


「ふふ……全部で四体、ですか。舐められたものですね。【スナイプ】」


 氷室先輩がニタア、と口の端を吊り上げ、肩に乗る[ポリアフ]はスナイパーライフルを構えた。


「ファイア」


 ――タン、タン、タン、タン。


 四発の銃声が領域エリア内に響いたかと思うと、氷室先輩はまた歩き始めた。


「え、ええと……倒したんですか?」

「ええ。三体は奈落の底に落ち、一体は通路に転がってますよ」


 氷室先輩はそう言うけど、俺達にはその幽鬼レブナントの姿は一切見えない。

 半信半疑のまま進んでいくと。


「「「あ……」」」


 氷室先輩の言った通り、この領域エリアに出現する幽鬼レブナント、“イビルアイ”が通路に転がっており、たった今、幽子とマテリアルに姿を変えた。


「す、すごい……」

「ひ、氷室先輩はワタクシ達が見えないような離れた距離と暗闇の中で、どうやって幽鬼レブナントを正確に把握できたんですノ……?」

「それは[ポリアフ]のスキル、【オブザーバトリー】のおかげですね」


 そう言って氷室先輩は[ポリアフ]の顔を指差すと、[ポリアフ]の右眼には時計技師が使うルーペのようなものかかっていた。


「このレンズを通じて、半径十キロメートルの視野と精霊ガイスト幽鬼レブナントの解析が可能です」

「そ、そんなことガ……」


 氷室先輩の説明に、サンドラが思わず絶句する。

 俺も氷室先輩からあらかじめ教えてもらっていたとはいえ、そのすごさを目の当たりにして驚くばかりだ。


「それに加えて、【スナイプ】の有効射程は三キロメートルですから、幽鬼レブナントに気づかれる前に射殺することで、私はこの領域エリアを踏破することができました」

「そ、そうですか……」


 確かに暗闇というハンデがないのなら、障害物が何もない“葦原中国”領域エリアは氷室先輩の独壇場だ。

 これなら、氷室先輩が高難易度のこの領域エリアをソロで踏破できたのも頷けるな……。


 そして俺達は、氷室先輩を先頭にさらに道を進んでいく。

 途中の幽鬼レブナントも、その姿を現わす前に氷室先輩が全て倒してしまうので、俺達は何もやることがなかった。というか、氷室先輩の背中が頼もし過ぎるんだけど。


『はうー……退屈なのです……』

「コラ、[シン]。そういうことを言っちゃいけません」


 つまらなそうに道に転がる小石を蹴りながら歩く[シン]をたしなめる。


「だが、[シン]の言うように、これでは身体がなまってしまうな」

「本当ですわネ」


 そう言うと、先輩とサンドラが苦笑した。

 いや、氷室先輩のおかげで安全に進めてるんだからいいじゃん。


「ふふ、では領域エリアボスは、【スナイプ】による遠距離攻撃をやめて近接戦闘を行いますか?」


 クスクスとわらいながら、氷室先輩はそう提案する。

 イヤ、その表情は本当に怖いですから。


「うむ! ぜひそうしよう!」

「エエ! やっと[ペルーン]の出番ですワ!」


 すると二人は笑顔になり、肩を回してアップを始めた。

 よっぽどフラストレーション溜まってたんだなあ……。


 だけど……ハッキリ言ってしまうと、多分俺達……というか、先輩とサンドラは苦戦するだろうなあ。


 この“葦原中国”領域エリアのボス、“天津甕星あまつみかぼし”に。

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