第179話 アトランティス領域、再び

「くあ……」


 土曜日の朝、相も変わらず俺の上に乗って寝ている[シン]を退けると、ベッドから降りてカーテンを開ける。


「あー……今日は雨、かあ……」


 まあ、別に雨が嫌いってほどじゃないけど。

 それに今日攻略予定の “アトランティス”領域エリアの扉は、図書館の中にあるから濡れないし。


 俺は服に着替えると、よく眠っている[シン]を置き去りにしてリビングに向かう。

 だって、下手に起こすと噛まれるし。


「おはよう」

「あら、おはよう」


 いつもより早い時間に起きた俺を、母さんが不思議そうに見る。

 おっと、そ、そういえば大事なことを言うのを忘れてた。


「そのー……前に話してた、先輩とサンドラを家に連れてくるって話、なんだけど……」

「あらあら、日にちが決まったの?」

「うん……明日、連れて来ようと思う」


 うう、なんだか恥ずかしいな……。


「まあ! だったら明日は腕によりをかけてご馳走するから、その二人にちゃんと伝えておいてね!」

「う、うん……」


 イカン……ただ二人を母さんに会わせるだけだったのに、メッチャ緊張してきた。


『はうはうはう! またマスターに置いてけぼりにされたのです!』


 ドタドタと騒がしく降りてきた[シン]が、勢いよくリビングの扉を開けた。


『はう! お母様、おはようございますなのです!』

「あらあら、おはよう[シン]ちゃん」


 流れるように冷蔵庫を開けてアイスを取り出すと、母さんは深々とお辞儀して挨拶する[シン]に手渡した。


『えへへー、今朝はチョコアイスなのです!』


 朝からアイスを受け取り、口元がゆるっゆるの[シン]。

 というかコイツ、冬になってもアイス食べ続けるつもりじゃないだろうな。


『ところでお母様、マスターとなんの話をしていたのですか?』

「うふふ。明日、ヨーヘイがお世話になっている先輩とサンドラさんをご招待するって話よ」

『はう! そういえばこの前、そんなことを話していたのです!』


 それから俺が朝食を食べ終わるまでの間、母さんと[シン]は先輩達の話に花を咲かせていた。

 くそう、恥ずかしい。


 ◇


「先輩、おはようございます!」

「ふふ、おはよう」


 集合場所の益田駅に着くと、先輩が既に到着していたので挨拶を交わす。

 うん、今日も安定の一時間前集合だな。


「えーと、サンドラはまだですか?」

「ああ、彼女は十分程遅れると連絡があったよ」


 集合時間の一時間前なのに、十分遅れるって表現はどうかと思う。

 だったら集合時間を一時間早くすればいいじゃないかって話だけど、そうするとさらに一時間早く来るだけだしなあ……。


 すると。


「二人共、おはようございます」

「あ、おはようございます!」

「うむ、おはよう」


 氷室先輩も集合場所にやって来た。一時間前なのに。


「だけど氷室先輩、集合時間より一時間も早いですけど、家のほうは大丈夫なんですか?」

「はい。休日は、基本的に両親がおりますから」

「そ、そうですか……」


 氷室先輩はそう言うけど、弟さんを怪我させてしまったあの時は、氷室先輩が家事をしてましたよね?

 まあ……何も言わないでおこう。


「お、遅れてしまいましたワ!」


 サンドラ……心配しなくても、まだ集合時間の五十分前だから。


「あ、あはは……思ったより早く集まっちゃったので、もう行きましょうか……」

「ああ、そうだな」

「はい」

「エエ!」


 ということで、予定より早いけど図書館に向かい、“アトランティス”領域エリアへと繋がる扉のある本棚に来ると。


「ええと……お、あったあった」


 俺は『ティマイオス』の本を開く。


「っ!?」


 初めて見る氷室先輩は、一瞬目を見開いた。

 まあ、そんな反応になるよなあ。


「さあ、行きましょう」

「え、ええ……」


 若干戸惑う氷室先輩に声を掛け、俺達は“アトランティス”領域エリアへと足を踏み入れた。


「それで望月くん、今日はどこまで攻略するのだ?」

「それはもちろん、“レムリア”領域エリアのボスを倒すまでですよ」

「「ハア!?」」


 俺の言葉に、先輩とサンドラが驚きの声を上げる。

 まあ……この領域エリアの広さや鍵の入手を考えれば、驚くのも当然だよな。


「はは、実はこの領域エリア、一度鍵を入手してしまえば、“レムリア”領域エリアに着いた途端にボス戦が可能なんです」

「そ、そうか……」


 まあ、こういった領域エリアボスの出現条件が設定されている領域エリアは、全部同じ仕様なんだけど。


「ということで、こんな領域エリアはサッサと踏破してしまいましょう」

「うむ!」

「エエ!」


 俺の言葉に、先輩とサンドラは意気込む。


 だけど。


「…………………………」


 何故か氷室先輩は、無言のまま“アトランティス”領域エリアをしげしげと眺めている。


「ええと……氷室先輩?」

「あ……いえ、何でもありません。では、よろしくお願いします」

「はい……」


 氷室先輩の様子が気にはなるものの、俺達は“アトランティス”領域エリアのRTA(リアルタイムアタック)をスタートした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る