第178話 努力の天才

「さあて……それじゃ、“交流戦イベ”についておさらいしておくか」


 家に帰ってきた俺は、ベッドに寝転がりながらスマホを取り出すと、『まとめサイト』のページを開く。


「ええと、メインシナリオの“交流戦”は、と……お、これだな」

『はう! マスターは例のサイトを見ているのですか?』


 ソーダ味のアイスを口にくわえながら、[シン]がニュ、とスマホを覗き込んだ。


「おう。ホラ、来月にメイザース学園との交流戦をすることになっただろ? だから、イベントの内容や向こうの精霊ガイストのステータスなんかを確認しておこうと思ってな」

『はうはうはう! やっぱりマスターが持つ、その『まとめサイト』はすごいのです!』

「はは、まあな」


 いや、実際のところ、卑怯じゃないかとさえ思えてくるけどな。

 だって、向こうは俺達の情報を何一つ知らないのに、俺は向こうの情報を全部知ってるわけだし。


 とはいえ。


「……無事に来年のクリスマスを超えるためには、なりふり構ってられないさ」

『? マスター?』

「ん? ああいや、何でもない」

『?』


 不思議そうに首をコテン、と傾ける[シン]。

 だけど、これは俺が俺だけに課した誓い・・、だからな。


『それで、[シン]の対戦相手は誰なのです?』

「ウーン……それに関しては何とも言えないけど、少なくとも、この三人にあのクソ女を加えた四人の中の誰か、だな」


 そう、交流戦イベでは、対戦相手は主人公の固有ステータスと精霊ガイストのレベルに応じて選ばれる。


 ただ、俺は主人公じゃないから固有ステータスなんてモンはそもそもないので、[シン]のレベルだけで判定されることになるな。


 そうなると……。


「あー……だよなあ……」


 スマホ画面を眺めながら、俺はガックリ、と肩を落とす。

 交流戦イベ当日の時点において、主人公のレベルが五十を超えている場合の対戦相手……それはあの、“土御門シキ”。正直言って、一番戦いたくなかった相手だ。


『はうはうはう! [シン]としては、アイツ・・・と戦いたいのです! マスターを裏切ったアイツを、[シン]は絶対に許しはしないのです!』


 [シン]の言うアイツ・・・というのは、クソ女のことだろう。

 確かに、交流戦イベはクソ女というイレギュラーが発生したことで、『まとめサイト』通りに決まらない可能性もある。


 ……結局、対戦相手については当日までのお楽しみ、だな。


『はう!?』

「はは、あのクソ女と戦うかどうかはともかく、まずはクラス代表に選ばれないとな」


 そう言いながら俺は[シン]の頭を撫でてやると、[シン]は嬉しそうに目を細めた。

 だけど、ウチのクラスは主人公の立花を筆頭に、サンドラ、プラーミャがいる。

 しかも俺を含めた四人は、“アルカトラズ”領域エリアと“アトランティス”領域エリア、“レムリア”領域エリアで手に入れた火、水、氷の各属性反射のスキルもある。


 ハッキリ言って、クラス代表になるのだって決して簡単じゃない。


『はうはうはう! 絶対に[シン]は、代表に選ばれてみせるのです! 絶対に……大好きなマスターを代表にするのです!』

「[シン]……ありがとな。だけど、お前も絶対に無理はするなよ。クラス代表も大事だけど、俺にとって[シン]は、そんなのとは比べものにならないほど大事なんだから」

『はう……嬉しいのです……』


 そう言うと、[シン]は俺の胸に飛び込み、頬ずりをした。


 ◇


「フフ! とうとう[ペルーン]のレベルが六十になりましたわ!」


 放課後の“ぱらいそ”領域エリアで今日九度目のクイーン=オブ=フロストを倒した後、サンドラがガイストリーダーを眺めながら嬉しそうに微笑む。


「おお! とうとう[シン]とのレベル差も一つだけになったな!」

「エエ!」

「ふふ……これもサンドラの努力の成果だ」


 いや、本当に先輩の言う通りだ。

 一―三にクラス替えをして知り合ってからこれまで、サンドラがずっと努力をし続けてきたのを、俺は一番間近で見てきたから知っている。


 本当に、サンドラはすごい奴だ。


「ア……フフ、そんな瞳で見ないでくださいまシ。思わず照れてしまいますワ」


 おっと……イカンイカン、ついサンドラに魅入ってしまった。

 だけど。


「まあ……サンドラを尊敬の眼差しで見ちまうのは仕方がないよな」

「フフ……モウ……」

「コホン!」


 あ、これは先輩がヤキモチを焼いた合図だ。


「さあ! 次のキング=オブ=フロストを倒しに行くぞ!」

「あ! ま、待って下さいよ!」


 頬をプクー、と膨らませながら、先輩はキング=オブ=フレイムのいる場所へと大股で進んで行くので、俺達は慌てて追いかけた。


 そして。


「おおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 ――斬ッッッ!


 先輩の[関聖帝君]は、キング=オブ=フレイムを見事一刀両断にした。

 それこそ、俺達の出番がないほどに。


「ふう……スッキリした」


 制服の袖でぐい、と額を拭うと、先輩は満足げに頷いた。

 いや、キング=オブ=フレイムは完全にとばっちりだな。結局は倒すことには変わりないんだけど。


「じゃあ疾走丸を入手してから、最後にもう一度領域エリアに入りましょう」

「うむ!」

「エエ!」


 俺達は、疾走丸の入った木箱のある通路へと向かう。


『はうー……これだけは全然慣れないのです……』

「はは、まあそう言うな」


 俺は[シン]を慰めながら、木箱の中の疾走丸を手渡した。


 ――ゴクン。


『うえー……不味いのです……』


 舌を出しながらガックリ、と肩を落とす[シン]を見て、俺は思わず苦笑する。


「……フフ、やっぱり一番努力しているのは、ヨーヘイと[シン]ですわネ」

「ああ……彼等こそ、努力の天才・・・・・、だな」

「? サンドラ? 先輩?」

「フフ! 何でもないですわヨ!」


 二人が何か俺のことを話しているような気がして振り向くけど、満面の笑みのサンドラと先輩にはぐらかされてしまった。


 あ……そういえば……。


「ところで二人共、今度の日曜日って空いてる?」

「む? 元々、日曜日は君達と領域エリア攻略のつもりだったが?」

「エエ、ワタクシもそうですワ」


 そう尋ねると、二人が不思議そうな表情を浮かべながら答える。

 じゃあ、学園祭も終わったしちょうどいいよな。


「え、ええと……以前約束していた、俺の家に招待するって話、なんだけど……」

「「っ!」」


 俺の言葉に二人が息を飲み、打って変わって緊張した面持ちになった。


「あう……も、もちろん私は日曜日は問題ない、とも……」

「フエ……ワ、ワタクシもですわ……」

「そ、そっか。だ、だったら母さんに、そう伝えておくよ」

「「う、うん……」」


 その後、俺達三人は妙な緊張感の中、十回目のクイーン=オブ=フロスト討伐に取り掛かった。

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