第173話 お弁当決戦! 後編

「さあ! ボクのお弁当を食べてよ!」


 そう言って、先陣を切った立花が袋の中から可愛らしいバスケットを取り出し、蓋を開けると。


「おお……!」


 意外にも、立花は玉子やハムのサンドイッチに唐揚げ、サラダと、非常にまともなラインナップだった。というか、女子力高い。


「えへへ、どうぞ召し上がれ!」

「お、おう、いただきま……」


 俺は玉子サンドを手に取ると、一気にかぶりつこうとして、視界に一人の男が入ってきた。

 加隈……お前、なんでそんな涙を流しながらコッチを睨んでるんだよ……。

 というか、そんなに立花の弁当が気になるんなら、プラーミャみたいに合流すればいいのに。知らんけど。


 気を取り直し、今度こそ玉子サンドにかぶりつくと。


「美味っ! なんだよコレ! コショウが効いててメッチャ美味い!」

「ホント! 良かったあ……!」


 俺の様子を見て、立花がホッと胸を撫で下ろしながら笑顔を浮かべる。

 もし立花を男子と知らなかったら、間違いなく惚れるだろうな。俺は違うけど。


「おう! このハムサンドもイケルし、唐揚げもジューシーでなかなか……!」

「うん! いっぱい食べてね!」


 気づけば、俺はまだ三人の弁当を食べないといけないのに、全部たいらげてしまった。

 本当は、一人ずつ少し味見をして、最後に一気に食べるつもりをしてたんだけどなあ……。

 立花の弁当の魔力、恐るべし。


「ふふーん、これはボクの勝ちかなあ?」


 立花はまるで勝者になったかのように口の端を持ち上げ、三人を見やった。

 だけど、さすがにそれは気が早いってものだろう。


 だって。


「次は私の番ですね」


 そう、二番手は氷室先輩。

 昨日、氷室先輩の家で夕食をご馳走になったから俺は知っている。氷室先輩の、その圧倒的な料理スキルを。


「望月さん、どうぞ」


 そう言って差し出されたお弁当は……今度は打って変わって和食なお弁当だった。

 だし巻き玉子にほうれん草のお浸し、鶏のつみれあんかけに焼き鮭だ。


「では、いただきます!」


 俺は手を合わせ、箸でだし巻き玉子をつまむと、それを口に含ん……うお!? なんだコレ!?


「ヤバイ……超美味しい」

「ありがとうございます」


 いや、このだし巻き玉子、本気マジでヤバイ。

 口に含んだ瞬間、柔らかいだし巻き玉子が口いっぱいに広がって、その味で埋め尽くしてきた。こんなの、反則だろ!


「つ、次は鶏のつみれあんかけを……っ!」


 ヤバイ、これもヤバイ。

 サクッとした歯ごたえは最初だけで、中はふわふわと柔らかく、それが少し甘酸っぱい餡掛けとマッチして、俺の箸が止まらない!


「くそう……! このほうれん草のお浸しも最高かよ……!」


 箸休めのお浸しも、その優しい味が鶏つみれの味を洗い流し、俺の舌をリセットする。


「焼き鮭……美味しい……」


 うん……ここまでくると、俺の語彙力どうなの? って言いたくなるけど、もう俺にはこんな言葉くらいしか残されていないのだ。


「ハア……ご馳走さまでした……」

「はい、お粗末さまでした」


 あー……もう誰の弁当が一番とか、どうでもいいんじゃないかな? というか氷室先輩の優勝以外、あり得ないだろ。


「まま、待つんですのヨ! まだワタクシが残ってますワ!」

「そそ、そうだぞ! 最後はこの私なのだぞ!」


 ……そうだった。まだ二つも弁当を食べないといけないんだった……。


「デ、デハ! これがワタクシのお弁当ですわヨ!」


 そう言って袋から取り出したサンドラのお弁当……というか、アルミホイルに包まれた


「ええと、コレ……?」

「そうですワ! ルーシの男子ならみんな大好きな、“シャシリク”ですわヨ!」

「そ、そう……」


 腰に手を当て、胸を張って自慢げに語るサンドラ。

 俺もおそるおそるアルミホイルをめくると……うん、串に刺さったお肉だった。いわゆるシシカバブってヤツだよね?


「これはラム肉を串に刺し、いろんなスパイスでこんがり美味しく焼いたものなんですのヨ!」

「お、おう……いただきます……」


 俺は自信満々に語るサンドラに勧められるまま、そのシャシリクにかぶりつく。

 いや、俺も肉好きだし、実際香ばしくて美味いよ? 美味いんだけどさあ……。


「なあ、サンドラ……これは果たして、弁当・・って呼べる代物なのか?」

「ナニ! サンドラのお弁当が気に入らないっていうノ!」

「いや、そういうわけじゃ……」


 俺の素朴な疑問に、傍にいたプラーミャが激怒した。

 いや、じゃあお前、この肉串を弁当って認識できるのかよ。


 その後も、俺は首を捻りながらも、シャシリクを全部平らげた。

 というか、弁当二つに肉串は俺のお腹のキャパを軽々オーバーしてるんだけど。


「さあ! 最後はこの私だな!」


 ずい、と身を乗り出し、先輩はお弁当を広げる。

 そして、その蓋を開けると……っ!?


「ふふ……どうだ?」

「ええとー、ど、どうだ、というのは……?」


 俺は嬉しそうに自慢する先輩におずおずと尋ねる。

 いや、だってコレ……白ごはんの上に、真っ黒くて丸い物体が思いっ切り鎮座してるんだけど。

 オマケに、その真っ黒い物体に不思議な色のソースがかかっていて、せっかくの白ごはんにまで浸食して台無しになってたりもする。


「ん? 決まっている、これこそ私特製のハンバーグ弁当だ!」

「「「「「ハ、ハンバーグ!?」」」」」


 先輩を除く俺達五人は、一斉に声を上げた。

 いや、ハンバーグ!? これが!?


「さあ遠慮はいらん! 望月くん、食べてくれ!」

「い、いただきます……」


 俺はおそるおそる、先輩がハンバーグだとのたまう真っ黒な物体に箸を入れ……って、硬い!?

 どうやらこの物体、焦げすぎて表面が炭化し、俺の箸を拒むほどに硬くなってしまっているみたいだ。

 それでもなお、俺は無理やり箸で一口サイズに切り分けると、それを口に含んだ……っ!?


「ど、どうだ……?」


 先輩が心配そうな表情で尋ねる。

 その真紅の瞳は、期待と不安が入り混じったような色をしていた。


「お、美味しい……です……」

「! そ、そうか!」


 先輩は、ぱあ、と満面の笑顔を浮かべる。それこそ、思わず見惚れて箸が止まってしまうほどに。

 ……まあ、止まったのは違う理由だけど。


 と、ところで。


「せ、先輩、つかぬ事をお伺いしますけど、このソース、どうやって作りました……?」


 俺は先輩におそるおそる尋ねる。

 というのも、このソース、なんだかメッチャ甘くて苦いのだ。決して美味いわけじゃない。


「ん? それはカラメルというものだ。ほら、カラメルは美味いだろう?」

「「「「「カラメル!?」」」」」


 俺達五人は、また驚きの声を上げる。

 カラメルって言ったら、プリンのあの黒いところのヤツだよな!? なんでそんなもの、ハンバーグにかけるんだよ!? しかも、カラメルが白ごはんにもかかってるんだぞ!?


「ふふ……こんなに気に入ってくれて嬉しいよ……」

「ソ、ソウデスネ……」


 結局、俺は心を無にして先輩のハンバーグなナニカを平らげ、その場に突っ伏した。偉いぞ、俺。


「そ、それデ! 結局、一番は誰なんですノ!」

「そ、そうだよ! ボクのお弁当が一番だよね!」

「まあ、順当に考えれば、私のお弁当だとは思いますが」

「むうううううううううう! わ、私のハンバーグ弁当だって!」


 あー……と、とりあえず順位発表だけしておくかー……そして、保健室に行こう。


「い、一番美味しかったお弁当……ですが……」

「「「「…………………………」」」」


 四人が固唾を飲んで俺の言葉を待つ。


 そして。


「……氷室先輩の、お弁当です」

「……まあ、順当ですね」


 驚いた表情の三人を尻目に、結果を聞いた氷室先輩は表情を一切変えずにそう呟いた。

 でも氷室先輩……無意識に小さくガッツポーズしてますよ?


「な、なんでヨ! 男の子はみんなお肉好きでショ!」


 納得のいかないプラーミャが抗議の声を上げる。

 というか、肉さえ与えれば男子がすべからく満足すると思うなよ?


「……理由を、聞かせてもらえないだろうか」


 あからさまに落ち込んだ様子の先輩が尋ねた。


「まあ……氷室先輩のお弁当が一番美味しいのは、当然なんですけどね。だって氷室先輩は、弟さんや妹さんが美味しく、しかも栄養満点の料理を、忙しいご両親に代わって毎日作ってるんですから」

「む、むう……」


 そう……そもそも料理に対する年期も、愛情も、他の三人と比べて全然違うんだ。

 だから、氷室先輩が勝って当然、なんだけど。


「ただ、先輩もサンドラも立花も、俺のために弁当を作ってくれて本当に嬉しかったです。ありがとうございました」

「そ、そう言われてしまうと、もう何も言えませんわネ……」


 サンドラがブツブツと呟きながら、緩みそうになる口元を必死になって押さえている。


「むう……なんだか釈然としないなあ……」


 いや立花、せっかくオチつけたんだから、妥協しろよ。


「……おかしい。カナエさんの言う通りに作ったのに……」


 ……カナエさん、先輩にどんなレシピを教えたんですかね? ちゃんと先輩につきっきりで面倒見てあげたんですかね?


 そんな微妙な空気の中、美味しくも苦しかった戦いが幕を閉じると同時に、俺はベンチに再度突っ伏した。


 すると。


「ふふ……あなたは本当に、優しいんですね……おかげで、私のこれまでの毎日が報われました」

「へ……?」


 俺の耳元でそう告げると、氷室先輩は頬を少し赤く染めながら微笑んだ。

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