第172話 お弁当決戦! 前編

「くあ……!」


 氷室先輩の家にお呼ばれした次の日の朝。


 いつものように、俺は先輩の待つ十字路を目指す。


 ……というか、先輩が氷室先輩の家に来た時のあのやり取りが脳裏にこびりついて離れない。


 ◇


「むむ! ひょっとして望月くん! 君は氷室くんの手作り晩ご飯を食べた、とでもいうのか!」

「え、ええ、まあ……っ!?」


 先輩がずい、と詰め寄り、俺は思わず仰け反ってしまう。

 というか先輩……すごくいい匂いがする……それに、そんな表情の先輩がすごく可愛くてて……って!?


「桐崎さん……少し、望月さんに馴れ馴れし過ぎはしませんか?」

「氷室くん……それはどういう意味だ?」


 割って入った氷室先輩が、先輩を睨みつけると、先輩も負けじと睨み返す。

 というか、なんでこの二人が一触即発になってるんだよ!?


「言葉通りの意味ですよ。それに、望月さんは私がご招待し、私のご飯を食べていただいたんです。それがなにか問題でも?」

「むう……フ、フン! 食べ物で釣ろうなどと、生徒会副会長とあろうものが姑息な策をろうするものだな!」


 いやいや、普通にご馳走になっただけなんですけど?

 何なら、先輩の家でも何度もご馳走になってますよね?


「ふふ……でしたら、桐崎さんも望月さんに夕食を振舞われては? もちろん、ご自身の手料理で」

「むううううううううううううう!」


 ああ……氷室先輩、なんでそんなに桐崎先輩に絡むんですかあ……。

 というか、闇堕ちする前でもここまで敵視したことなかったでしょ?


「……いいだろう」

「へ……?」

「こうなったら、勝負しようじゃないか! この私が本気を出せば、望月くんの胃袋など、簡単につかんでみせるとも!」

「ふふ……いいですよ? この際ですから、目障りな人は全員叩き潰して差し上げます」


 いやいやいや!? 氷室先輩も、なんでそんな口の端を吊り上げてるんですか!?


『ムフー! これは面白いことになってきたのです! なら、この[シン]に提案があるのです!』


 というか[シン]!? 頼むから余計な真似すんな!


『今回はカズ姉さまの美味しすぎる料理が発端なのです! なら……』

「「「……なら?」」

『なら! 料理で勝負するのです! 明日のお昼ご飯、各自でお弁当を持ち寄って、マスターを一番満足させた人が勝ちなのです!』

「「「っ!?」」」


 はああああ!? というか、なんで昼メシ勝負になってんだよ!?

 しかも、俺を満足させたら勝ち!? つまりは俺にジャッジしろと!?


「あ、あははー……当然ですけど、二人共こんなの受けませんよねー……?」


 俺はチラリ、と二人の表情をうかがうと。


「ふ、ふふ……面白い! こうなったら、この私の真の実力を見せてやる!」

「ふふ……ええ、完膚なきまでに叩きのめして差し上げますよ?」


 ヒイイ!? この二人、ガチだ!


 真紅の瞳と藍色の瞳が睨み合う中、俺はただただ震えていた……。


 ◇


「ハア……絶対に、今日の昼休みは波乱になるぞー……」


 などと憂鬱な気分で十字路に差し掛かると。


「あ……ふふ、おはよう」

「先輩! おはようございます!」


 いつもと変わらない様子の先輩が、俺を待っていてくれた。

 ふう……どうやら昨日みたいなピリピリした雰囲気はなさそうだ。


「時に望月くん……今日はもちろん、お腹を空かせてきただろうな?」

「へ……?」


 イヤイヤ、お腹を空かせたもなにも、まだ早朝なんですけど? 朝メシ、食べたばっかりなんですけど!?


「ふふ……今日は楽しみにしたまえ。この私が、カナエさん直伝のお弁当を提供するとも!」


 グッ! と拳を握りしめ、先輩が不敵な笑みを浮かべる。

 えーと……不安しかないんですけど……。


 ◇


 ――キーンコーン。


 いよいよ昼休みになり、俺は決戦の舞台となる中庭へと向かう……んだけど。


「フフ……ヨーヘイ、楽しみにしてるんですのヨ!」

「あはは! 勝つのはボクだよ!」


 えーと……なんでサンドラと立花まで張り切ってるんですかね?

 そして、その手に持つ袋はなんですかね?


「ふふ、待っていたよ」

「ええ……この私に、全員打ちのめされるとも知らずに」

「なんだと!」


 中庭に着くと……ハア、やっぱり桐崎先輩と氷室先輩は一触即発だし……長い昼休みになりそうだ……。


『ムフー! とんでもないバトルロイヤルなのです! まさに血で血を洗う戦いが始まるのです!』


 いや、悪いが[シン]よ。そんな戦いは永遠に始まらないから。


「……いつまでも睨み合っていては進みませんので、今から誰のお弁当が望月さんの胃袋をつかむか、勝負といきましょうか」

「うむ! では順番はどうする?」

「き、決まってますワ! まずはワタクシから……「ちょっと待ってよ! こんなの、一番最初が有利に決まってるじゃないか!」」


 サンドラが真っ先に手を挙げると、立花がそれに待ったをかける。

 まあ、確かに立花の言う通り、最初は俺もお腹が空いてるから美味しく食べられる自信があるけど、最後になるとお腹が膨れて、味とか気にする余裕すらないかもしれないし。


 ということで。


「「「「ジャンケン! ポン!」」」」


 四人はジャンケンを始めたけど、あいこばかりでなかなか決着がつかない……と思ってたら、先輩が輪の中から出てきた。それも、あからさまにガッカリした様子で。


 結局、順番は立花、氷室先輩、サンドラ、先輩の順になった。

 嬉々としてはしゃぐ立花に、それを悔しそうに見つめるサンドラ。氷室先輩は余裕の表情で、先輩は……うん、ご愁傷様です。


 そして……アレイスター学園の中庭でお弁当決戦が、今、火蓋を切った。

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