第171話 突然のお呼ばれ

「ええとー……」

「はい、何ですか?」


 俺は隣を歩く氷室先輩におずおずと尋ねるけど、氷室先輩は相も変わらず澄ました表情で尋ね返す。

 それにしても、なんで俺、氷室先輩と一緒に帰ってるんですかね?


「しかし、会長……いえ、桐崎さんも災難でしたね。学園長に呼ばれてしまい、一緒に帰れなくなってしまったんですから…………………………ふふ」


 いや、怖いですよ氷室先輩!?

 というか、普段無表情の人がわらったりすると、ここまで怖いものなのか!?


「あ、そうだ」

「っ!?」


 氷室先輩がポン、と手を叩いた瞬間、俺は思わずビクッとなる。

 な、何かよからぬことでも考えてるんじゃ……。


「せっかくですので家に寄っていきませんか? 実はタカシやニコとミコも、あなたに会いたがっているんです……不本意ながら、ミャー太も」

「は、はあ……」


 まあ、確かにあれ以来、少年とは会っていなかったな。

 それに少年の怪我も、気にならないといえば嘘になる。


「もし来ていただければ、アイスをご馳走しますよ?」

『はう! 行く! 行くのです! 当然行くのです! 絶対行くのです!』

「うお!?」


 突然出てきた[シン]が、俺の肩越しにこれ以上ないほど右手を伸ばす。

 というか氷室先輩……まさか[シン]を懐柔しにかかるとは……て、手ごわい。


「ふふ、[シン]さんもああ言ってますし……」

「は、はあ……じゃあ、お言葉に甘えて……」


 ウーン……なんだか、氷室先輩に上手く絡め取られているような気がする……。


 そして俺達は雑談しているうちに、あっという間に氷室先輩の家に着くと。


「ただいま」

「お帰りなさーい……って、あー! 兄ちゃんだ!」

「ホントだー! お兄ちゃんだ!」

「[シン]ちゃんもだー!」


 玄関に入るなり、出迎えてくれた弟妹きょうだい達が、俺と[シン]を指差しながら笑顔を見せた。


「おう! ところで少年、あれから足の怪我は大丈夫か!」

「へへーん! もうすっかり大丈夫だよ!」

「そっか! それはよかったな!」


 そう言うと、俺は少年の頭を撫でてやった。

 すると少年もまんざらではないようで、嬉しそうにしつつも照れくさそうにしながら、指で鼻をこすった。


『はうー……ナデナデは[シン]の特権なのです……』

「オイオイ、そんなことくらいで拗ねるなよ……」


 少年の頭を撫でたことで落ち込んでしまった[シン]に、俺は苦笑しながら撫でてやると。


『えへへー……だからマスターは大好きなのです』


 うん、もうすっかり機嫌が良くなり、すぐに目を細めている。


「あー! ニコもー!」

「ミコもー!」

「はは、はいはい」


 結局、双子の妹二人にもねだられ、俺は代わるがわる頭を撫でることになった……って。


「えーと……氷室先輩?」

「……いえ、何でもありません」


 頭をずい、と差し出してきた氷室先輩におそるおそる尋ねると、我に返ったのか、氷室先輩はそそくさと家の奥へと入っていった。

 うーむ、氷室先輩も撫でて欲しかったのかな……。


「ミャー」

「お、ミャー太。お前も撫でて欲しいのか?」


 そう言うと、俺はミャー太の頭を撫でてからの、顎をお腹を撫でてやった。はは、気持ちよさそうにしやがって。


 すると。


『マスター! [シン]がいるのに、ヒドイのです! ヒドイのです!』

「……私のミャー太が……ミャー太が……」


 えーと……二人共、そんな瞳で見るの、やめてくれるかなあ……。


 ◇


「「「「ご馳走様でした!」」」」

『はうはうはうはう! やっぱりアイス最強伝説なのです!』


 結局、俺は先輩の家で夕食をご馳走になってしまった……。

 [シン]は[シン]で、アイスを三本も食べでご満悦である。


「へへー! 姉ちゃんのご飯、美味いだろ!」

「おう!」


 少年の言葉に、俺は満面の笑みとサムズアップで返す。

 いや、本当に先輩のご飯は美味しかった。


 豆腐の味噌汁はちゃんとダシが効いてて、味噌の加減もちょうどいいし、何と言っても豚の生姜焼きなんて、男なら誰しも好きに決まってる。もちろん、味付けも最高だぞ?

 付け合わせのポテサラだって、ごはん三杯はいけるし……うん、控えめに言って最高だ!


「望月さんのお口に合って、よかったです」

「何言ってるんですか! というか、本当に氷室先輩ってすごいですよね! 学校の成績は良いし、生徒会の仕事も完璧にこなすし、オマケに料理まで非の打ちどころがないだなんて!」

「……そうですか」


 手放しで褒める俺に一言だけ告げると、何故か氷室先輩はプイ、と顔を背けてしまった。

 俺……なにか先輩を不快にさせるようなこと言ったのかな……。


「あははー! 姉ちゃんが照れるなんて珍しー!」


 そう言いながら、少年は氷室先輩を指差しながら笑う。

 見ると、ニコちゃんとミコちゃんも笑っていた。


「タカシ、それ以上言うと、明日からピーマン増量にしますよ?」

「ヒイイ!? 姉ちゃんヒドイ!」


 はは……なんかこの雰囲気、いいな……。


「ねえねえ、お兄ちゃん。うちのお姉ちゃんって、優良物件だと思わない?」


 えーと、ニコちゃん?


「そうそう、お姉ちゃんとくっついちゃえば、こんな美味しいご飯が朝昼晩と食べられるし、お姉ちゃん……すっごい美人だよ?」

「うぐう!?」


 ミコちゃん……悔しいけど、その言葉には完全同意だ。


「コ、コラ……あまり望月さんをからかってはいけません」


 そうやって氷室先輩は二人をたしなめるけど……うん、普段無表情の氷室先輩の口元がゆるっゆるだ。

 そして、俺は気づく。


 俺……なんで氷室先輩の恋愛イベを順調にこなしてるんだよ。


 その時。


 ――ピンポーン。


「あれー、お客さんだ!」

「こんな時間に、珍しいですね……」


 スッ、と席を立つと、氷室先輩が玄関に向かった。


「ここ、ここに望月くんがいるのだろう! わ、私には分かっているのだからな!」


 ……なんと、来訪者は先輩だった。


 そして。


「ホ、ホラ! やっぱりいるじゃないか!」

「ええ、そうですね…………………………(チッ)」


 家に上がってきた先輩が眉根を寄せながら俺を指差し、氷室先輩はシレっと舌打ちをした。


『んふふー、これは面白いことになってきた……って、や、やだなあ関姉さまもリア姉さまも! も、もちろん冗談なのです!』


 面白がっていた[シン]も、[関聖帝君]と[ポリアフ]に睨まれ、アイスをかじりながら小さくなっていた。


「ハア……ま、いっか」


 俺はみんなを眺めながら、思わず苦笑した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る