第170話 声が、聴きたい
「ふむ……サクヤ、また柱の一体を倒したのか?」
お父様の研究所での定期検査中、データを見たお父様が尋ねる。
「はい。今度は学園内の校門前で柱……“モズグズ”が出現しましたのでこれと交戦、撃破に成功しました」
「っ!? 待て、学園の校門前に出現しただと!?」
私の報告を聞き、お父様が目を白黒させる。
それはそうだろう。柱は
といっても、あの時の私はそれ以上に氷室くんが闇堕ちしたことにショックを受けていたが、な。
「しかしそうなると……学園内のセキュリティの強化と、柱の出現条件の洗い直しをせねば……!」
そう言うと、お父様はベッドで管に繋がれたままの私を置き去りにし、そのままどこかへと立ち去ってしまった。
恐らく、学園内に“
元々、“
そうでなければこんな非人道的な研究、到底許されるはずもないし、研究に必要な資金や人材、設備など、ここまで用意できるはずがないというものだ。
……まあ、そんなことはこの私には関係ないが、な。
そんなことを考えながら、私は思わず苦笑していると。
「サクヤさん、体調が思わしくないようなところなどはありますか?」
ニコリ、と微笑みながら問い掛けてきた彼は、“
この研究所の副所長を務めており、お父様の部下……いや、
「問題ありません。ですので、高坂さんも仕事に戻られては?」
「ウーン……つれないですね」
そう言うと、高坂さんは苦笑した。
正直……私はこの高坂さんが苦手だ。
子どもの頃は、お父様とお母様が忙しい代わりに、研究所に来た時はよく相手してくれていたのを覚えているが、それでも、この何を考えているのか分からないようなヘラヘラした態度が気に入らん。
全く……望月くんを見習って欲しいものだ。
彼なら、普段は軽率な態度を見せることも少なくはないが、少なくはない……少なく……。
むうううううううう! そうだ! 彼は一体何なのだ!
全く! 今回も考え無しに氷室くんに必要以上に優しくして! そのせいで氷室くんは、完全に望月くんのことを……!
それだけではない! いつの間にか、三年の鈴原先輩は和気先輩まで彼のことを気に入ってしまって……!
た、ただでさえサンドラという最大のライバルがいるのに、これでは……!
「えーと……サクヤさん?」
「むうううう……って、あ……」
「あはは、そんな表情のサクヤさんは初めてみたよ」
「…………………………」
……別に、私は高坂さんに見せた覚えはない。
そもそも、全部望月くんが悪いのだ。
望月くんが、全部……。
「まあ、私はサクヤさんからよく思われていないみたいだし、そろそろ退散するよ」
そう言うと、高坂さんは手をヒラヒラさせながら、その場を……「ああ、そうそう」……まだ何かあるのか……?
「所長からの指示で、“ウルズの泥水”の供給量をさらに倍になったよ」
「っ!?」
そんな……!
「まあ、順調に柱から吸収できているとはいえ、さすがにこの供給量だと足らないからね。一応、私から進言しておいたんだよ」
この男……余計なことを……っ!
せっかくの、望月くんの想いを踏みにじるような、そんな真似を!
「あはは……そんなに睨まないでよ。君だって、あの人に逢いたいでしょ? “ツクヨ”さんに」
「…………………………」
「まあそういうことで、サクヤさんには悪いけどこれからも協力して欲しい。私ももちろん、所長や君を全力で支えるから、ね?」
キュ、と唇を噛みながら睨む私の頭を撫でると、高坂さんは今度こそこの場を去って行った。
「くそ……悔しい、なあ……!」
気づけば、私の瞳から零れた涙が頬を伝っていた。
今の状況を、どうすることもできない自分自身の不甲斐なさに。
そして、こんな私を救おうと捧げてくれた、望月くんへの申し訳なさに。
私は左手の“シルウィアヌスの指輪”に、そっと触れる。
学園祭の打ち上げの帰り、彼は私の左手を握ってくれた。
彼の一番は、
でも、私はそんな彼に何も返せないのだ。何も報いることができないのだ。
「望月くんの声、聴きたいな……」
そう呟くと、私はこのやるせない想いを抑えつけるかのように、胸の上で、ギュ、と拳を
握った。
◇
『あはは、それでですね……』
研究所から帰ってくると、私は真っ先に望月くんに電話を掛けた。
すると彼はたった二コールで出てくれて、その後は嬉しそうに他愛のない話をする。
ああ……彼の声を聴くだけで、こんなにも満たされる。
『それで学園祭も終わりましたし、今度は氷室先輩を“アルカトラズ”
望月くんの提案に、私は思わず口を尖らせてしまう。
せっかく楽しくおしゃべりをしていたのに、何故ここで氷室くんの話をするのだ……。
『えーと、先輩?』
「あう……い、いや、何でもない……しかしそれだと、望月くんは氷室くんを、その……チームに加える、つもり……なのか……?」
うう……今の尋ね方は、少し感じが悪かっただろうか……。
彼は、こんな私に愛想を尽かしたりしないだろうか……。
『……ええ。氷室先輩のクラスチェンジした
「そうか……確かにそれは、近接タイプばかりのうちのチームには、必要不可欠だな……」
そう言われてしまうと、私としても納得せざるを得ない。
それに、これはただの私のワガママ、だからな……。
『それに』
「……それに?」
『氷室先輩が加われば、それだけ先輩を守れますから』
「っ!」
ああ……本当に、君は……。
いつだって君は、私を何よりも大切に想ってくれるんだな……。
「ふふ……一応、私は学園最強なのだが、な」
『はは……ですけど、その称号はいつか、この俺が貰いますから。そして、俺があなたを守るんです』
「うん……」
君の声が、聴けてよかった。
君の想いを、聞けてよかった。
――このスマホの向こうにいる君が、いつも私を幸せにしてくれる。
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