第161話 氷室先輩の怒り

「さあ! クソザコモブの君に相応しい精霊ガイストを召喚してみせたまえよ!」


 両腕を大きく広げ、尊大に、高らかにのたまう牧村クニオ。

 というか、俺の[シン]はとっくにいる・・・・・・んだけど。


『遅いのです!』

「っ!?」


 既に牧村クニオの精霊ガイスト、[ラタトゥスク]の背後に回り込んでいた[シン]は、奴の背中に呪符を貼り付け……なにっ!?


「クフ、知ってたよ」


 牧村クニオはニタア、と口の端を吊り上げ、[シン]の伸ばした腕をするり、とかわした。


「クハ! 食らえ!」


 [ラタトゥスク]が両手の鋭い爪で[シン]に襲い掛かるが、持ち前のスピードを活かしてバックステップで下がり、一気に距離を取った。


「ふうん、なかなか厄介な速さだな」


 余裕の表情で[シン]を見やる牧村クニオ。だけど、今の[ラタトゥスク]の動きを見て、俺は違和感を覚える。


 何故なら、俺の[シン]は精霊ガイスト最速で、[ラタトゥスク]を見る限りその敏捷性は一般的な精霊ガイストとしては速い部類に入るかもしれないが、おそらく、氷室先輩の[スノーホワイト]よりも遅い。

 なのに、[ラタトゥスク]は背後を取られて体勢が不十分だったにもかかわらず、[シン]の手をアッサリと避けた。


 ……せめて[ラタトゥスク]の情報があればいいんだけど、コイツは『ガイスト×レブナント』には存在しないモブ以下であるため、『まとめサイト』には何も載っていない。

 とはいえ、だからって俺がコイツに負ける気はさらさらないけどな。


「クフ、どうした? そんなにらめっこしたところで、この僕を倒すことなんてできないよ?」

「バーカ、それはオマエも同じだろうが。そもそも、[シン]のほうがスピードは圧倒的に速いんだ。さっきの攻撃を見る限りじゃ、オマエの精霊ガイストは近接タイプ。攻撃手段もないのに、どうやって倒すつもりなんだ?」


 俺はわざと煽るように牧村クニオに語り掛ける。

 せめて少しでも[ラタトゥスク]の情報を聞き出さないと。


 だけど。


「クハハハハ! 君が僕から情報を引き出そうとしているのは丸分かりだよ!」

「へえ、そうなの? というか、別にオマエの情報なんてなくても、俺達に負ける要素なんか何一つないんだけど?」


 などと余裕の表情を浮かべながら強がってはみたものの……正直、相手の情報なしじゃ戦略も立てづらい。

 ここは距離を取りつつ、慎重に仕掛けたほうが良さそうだな。


「クフ、別に僕はこのまま膠着状態でも構わないけど、その間に氷室くんはどうなるかな?」

「なに?」


 牧村クニオの言葉に、俺は氷室先輩へと振り向くと……っ!?


「アハハハハ! アンタ、本当に弱いわね! あの桐崎サクヤとは大違いじゃない!」

「……っ!」


 女子生徒の攻撃を受けた氷室先輩は膝をつき、女子生徒が嘲笑した。


「まあ? 私はこう見えても桐崎サクヤと夏目ハルカの次に強いから、並以下・・・のアンタじゃ初めから勝負にならないんだけど?」

「……そうですか」


 氷室先輩は表情を変えずにその言葉を聞き、ただ女子生徒を見据える。

 だけど……氷室先輩は、攻撃を受けた肩をギュ、と強く握りしめていた。


 当然だ。氷室先輩だって悔しいに決まってる。

 だからこそ、誰にも負けないくらい努力を重ね、桐崎先輩に肩を並べようと頑張っていたんだから。


「クハ! 佐久間くんも言うねえ! まあ、氷室くんの実力じゃしょうがない!」


 すると、俺と同じように二人の様子を眺めながら、牧村クニオがケタケタと笑った。


「……オイ、オマエは氷室先輩を認めてた・・・・んじゃないのか?」

「ん? もちろん認めてるさ。桐崎くんのことをちらつかせ、生徒会長を譲るって言っただけで簡単に僕になびく、都合のいい女・・・・・・として、ね」

「テメエ!」


 その言葉に逆上し、俺は我を忘れて[シン]を突撃させる。


「クハハハハ! 単純だねえ!」

『っ!? 危ないのです!』


 [シン]は間一髪、[ラタトゥスク]が突き出す両手の爪を躱した。

 というか、なんであの速さについて来れるんだよ!? しかもあれじゃ、まるで[シン]がそこに来ることが初めから分かってたってくらい、タイミングもバッチリだったぞ!?


「クフ! 君のようなクソザコモブの単純バカは扱いやすくていいね! というか、氷室くんが弱くて都合がいいのは事実だろう?」


 クソッ! 何だってアイツの言葉はここまでイライラさせやがるんだ!

 冷静になろうとしても、どうしても牧村クニオに突っかかっちまう!


 その時。


「あーあ、あの桐崎サクヤのお気に入りも、大したことなかったわね。牧村様に、あんなに簡単にあしらわれてるし。ていうか、そういう意味じゃアンタと同じか。なにせ、クソザコモブ・・・・・・だもんねー! アハハハハ!」

「っ! 今の言葉、取り消しなさい!」


 女子生徒に吐き捨てるように言われ、あの氷室先輩が激高した!?

 いや、あんな姿、先輩と戦った時だってなかったぞ!?


「私のことは事実ですから、どれだけ馬鹿にしていただいても構いません! ですが……ですが! 望月さんへの暴言だけは、絶対に許せない!」

「え……?」


 氷室先輩の言葉に、俺は思わず呆けた声を漏らす。

 というか、氷室先輩はなんで俺なんかのことで怒るんだ……?


「彼は……望月さんは、こんな馬鹿な私のことが放っておけなくて、わざわざ桐崎さんと語り合う舞台を用意してくれた! そのおかげで、私は桐崎さんの隣に並ぶことができたんです!」


 氷室先輩が女子生徒に向かって大声で叫ぶ。

 だけど……正直、俺は大したことをしていない。それに、そんなことをしたのだって、桐崎先輩と氷室先輩の想いがすれ違ったままなのが嫌だっていう、単なる俺のわがままなんだから。


「それだけじゃない! 彼が生徒会に来てから、いつも誰かを気遣って、支えてくれた! 私の大切な弟が怪我をした時も、心配してわざわざ連れてくるような優しい人なんです! そんな彼を、これ以上侮辱するな!」

「アハハハハ! じゃあこの私を止めてみせなさいよ! といっても、そんな実力もないアンタじゃ無理だけど!」


 キッと睨みつける氷室先輩を見ながら、女子生徒は嘲笑い続ける。


 すると。


「……ええ、もちろんそのつもりですよ。あなたを地面にに這いつくばらせて、これまでの発言を死ぬほど後悔させてあげます」

「っ!?」


 腹の底から震えるほどの冷たい言葉を放った氷室先輩が、肩に乗る[スノーホワイト]の頭にそっと指先を乗せる。


 そして。


「クラスチェンジ、開放」


 そう、言い放った。

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