第162話 雪の女神

「クラスチェンジ、開放」


 氷室先輩が、静かにそう告げた。

 というか、クラスチェンジだって!?


「氷室先輩!?」

「ふふ……実は、一昨日の夜に桐崎さんと電話で語り合った際、[スノーホワイト]のクラスチェンジのための条件が全て揃ったみたいです」


 そう言って、氷室先輩はニコリ、と微笑んだ。

 だけど、言われてみれば『まとめサイト』にある氷室先輩のクラスチェンジの条件は、確かに揃っている。

 レベル四十以上、闇堕ちから救われ、かつ、『屋上の鍵』をその手に持っているんだから。


「フン! 元々弱いんだから、クラスチェンジしたって一緒よ!」


 鼻を鳴らし、余裕の表情で幽子の渦を眺める女子生徒。


 だけどコイツは知らない。

 氷室先輩の精霊ガイストが、『ガイスト×レブナント』における最強の【氷属性魔法】と弓の使い手、[ウル]であることを。


 そして、渦は徐々に小さくなり、氷室先輩の精霊ガイストはその姿を見せると……それは、『まとめサイト』にあったイラストのような[ウル]なんかじゃなかった。


 [スノーホワイト]と同様その姿は妖精のように小さく、青色がかった白の髪、褐色の肌、青のタイトなドレスに身を包み、青のマントを羽織っていた。


 ……前言撤回。[ウル]じゃなかった。

 いや、まあそんな気はしてたよ? だって、サンドラの時もそうだったし。


「へえ、相変わらず小さい精霊ガイストなのね。ちょっとは期待したんだけど、やっぱり拍子抜けだわ」


 呆れた表情でそう言い放つ女子生徒。

 だけど。


「っ!? 佐久間くん、気をつけるんだ!」


 慌てて牧村クニオが叫ぶと同時に、氷室先輩の精霊ガイストは一気に女子生徒の精霊ガイスト、[フロスティ]に肉薄する。


「食らいなさい。【レイオマノ】」

「キャアアア!?」


 すると氷室先輩の精霊ガイストは[フロスティ]の身体を縦横無尽に駆け巡り、その手に持つ、鋭利な牙を刃にした武器で全身をえぐり続けた。


「クッ!? この! 【コールドゲイル】!」


 たまらず女子生徒は中級氷属性魔法の【コールドゲイル】を唱え、[フロスティ]の身体に敵を凍らせる冷気をまとわせる。


「ふふ、私の[ポリアフ]には【氷属性無効】のスキルがあるから効きませんよ」


 そう言うと、なおも構わず[フロスティ]の身体に攻撃を仕掛ける。

 そして氷室先輩の精霊ガイストの名前、[ポリアフ]っていうんだな……当然、『まとめサイト』にもその情報はない……って、いつの間にか[ポリアフ]の数が増えてる!?


「[スノーホワイト]の【セブンス】よりもその数は減りましたが、その代わり、それぞれに特殊効果が付与されているんですよ。例えば」


 すると、[ポリアフ]のうちの一体が、氷の鎖のようなもので[フロスティ]を拘束し始めた。


「な!? う、動け!?」

「これが【カホウポカネ】のスキルです。どうですか? 動けませんか?」


 そう言うと、氷室先輩が女子生徒に向かってニタア、とわらった!?

 ひょ、ひょっとして……氷室先輩って意外と闇が深いのかも……。


「クソッ! クソッ! 雑魚のくせに! 弱いくせに!」

「ふふ、そんな弱い雑魚に、あなたはこれからいたぶられ続けるんですよ? ご安心ください、あなたが意識を失わない絶妙な加減で、私が【レイオマノ】で虐めて差し上げますから」

「ヒッ!?」


 氷室先輩のほの暗い笑みに、女子生徒が短く悲鳴を上げた。

 ……とにかく、氷室先輩だけは怒らせたら絶対に駄目だ。


「そういうことですので望月さん、あなたは存分にその男を打ちのめしてください。ええ、それはもう二度とこの学園にいたくないと思うほどの恐怖を植え付けて」

「は、はいッ!」


 氷室先輩の言葉を受け、俺は直立不動で返事をした。


「それと、その男の精霊ガイストの保有スキルは【ピーピング・トム】と【インフレイム】、どうやら相手の思考を盗み見る能力とヘイトを集める能力のようですね」

「っ!?」

「おや? 私の思考も読み取っているはずですから、今さら驚く必要はないのでは?」


 息を飲んだ牧村クニオに、氷室先輩がわざと煽るようにそう言い放つ。

 なるほど……だからコイツは、俺の思考を読んで[シン]のあのスピードに対処できたし、俺はコイツへのヘイトが溜まったってことか……って。


「そ、そういえば氷室先輩、どうして[ラタトゥスク]のスキルが分かったんですか?」

「もちろん、[ポリアフ]に相手の精霊ガイスト解析・・するスキルがあるからです」


 気づけば、いつもの無表情に戻った氷室先輩が淡々と説明してくれた。

 でも、相手を解析するスキルはすごいな……。

 確か『ガイスト×レブナント』のキャラの中では、サポートスキル特化型の、来年入学予定のお姫様・・・しかいなかったはずだからな。


 俺は氷室先輩を窺うと、その藍色の瞳はどこか自信に満ちていた。

 もう、桐崎先輩にコンプレックスを抱いていた時の氷室先輩はそこにはいない。


「ははっ」


 そんな氷室先輩の姿が嬉しくて、思わず笑みが零れる。

 氷室先輩を無理やり闇堕ちさせるような真似をしたけど、その選択は間違いじゃなかったと、今なら心から言える。


「よっし!」


 俺は気合いを入れるため、両頬を叩くと。


「さあて……んじゃ、サッサとケリつけるか」


 そう言うと、少し焦りの表情を浮かべる牧村クニオを見据えた。

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