第157話 先輩と巡回

「くはー! 忙し過ぎるだろチクショウ!」


 俺は厨房の中で食器を洗いながら、思わず愚痴をこぼす。

 というのも、俺達のクラスの出し物である執事喫茶が盛況を極め、休憩する暇もないほどなのだ。


 まあ、裏方でしかない俺なんかよりも、立花、サンドラ、プラーミャの三人は圧倒的に大変なんだけど。

 だって。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「い、いらっしゃいませなのですワ!」

「……フン」


 と立花は女性陣もさることながら、一部の男からも指名されてるし、妖精のようなサンドラは言わずもがな、プラーミャに関してはイジメられたい男共からの指名が殺到しているのだ。

 あとは、女子が時折指名を受ける程度で、立花を除く男子全員に至っては、完全に教室のインテリアと化していた。


 なので、ホールはその三人と女子に全てを任せ、俺達男子は裏方に徹するという、見事なコンビネーションを発揮していた。ちくせう。


「望月くん! 洗い場はもういいから、入口で人の整理をして! 捌き切れないよ!」

「ういーっす」


 切羽詰まった立花の叫びに、俺は何とも気の抜けた返事をして教室の入口に向かう。

 まあクソザコモブな俺は、甘んじて裏方に徹しますよっと。


「ハイハイお客様ー! 通行人の邪魔になりますので、こちらの教室の壁に沿って二列に並んでくださいねー!」


 俺は群れを成しているお客さんの列を整理し、中の様子をうかがいながら順番に入れていく。


 そして。


「加隈……お前……」

「お、俺は当然、立花を指名するからな!」


 そう言って、ずい、と指名チケット十枚を俺に手渡すが……コイツ、そこまで……。


「分かった……俺はもう何も言わん。楽しんで来い!」

「おう!」


 俺は背中をバシン、と叩き、加隈を教室の中へと送り出す。

 後は……知らん!


「盛況ですね」

「あ! 氷室先輩!」


 声に振り返ると、氷室先輩が立っていた。


「氷室先輩は、巡回ですか?」

「ええ」


 氷室先輩は表情を崩さず、短く答える。


 昨日、桐崎先輩と氷室先輩が語り合った・・・・・後、生徒会を去ろうとした氷室先輩を、俺達三人は慰留した。

 最初は俺達を裏切ったからと頑なに断ったが、先輩が『氷室くん……君は、盟友・・であるこの私を見捨てるというのか』との言葉がトドメとなり、そのまま副会長として残ってくれることになったのだ。


「……こんな私が、まだ生徒会のメンバーとして活動していることに後ろめたさを感じますが、これも過ちを犯した私自身への罰として受け止めます」

「イヤ、重いですから!」


 ウーン……そもそも、闇堕ちさせたのは間接的には俺のせいだし、実際に悪だくみをしたのは牧村クニオだからなあ。


「望月さん……あなたにも、たくさん迷惑を掛けてしまいましたね」


 そう呟いて、氷室先輩は視線を落とす。

 相変わらず無表情だけど、それでも、実際はかなり負い目を感じちゃってるんだよなあ……………………あ、そうだ。


「そうですねー……でしたらお詫びとして、明日一緒に学園祭を巡回する時に、露店で何か奢ってください。できれば、[シン]が大好きなアイスやかき氷とかだと嬉しいです」


 俺は空気が重くならないように、あえておどけながらそう言うと。


「ふふ……本当に、あなたは……」


 氷室先輩は口元を押さえ……なんと、クスリ、と微笑んだ。

 うおお……普段表情を変えない氷室先輩だからこそ、その破壊力はシャレにならんぞ!?


「分かりました。明日の学園祭二日目、楽しみにしていてくださいね? ……私も、楽しみにしています(ボソッ)」

「? はい!」


 最後のほうは聞き取れなかったけど、それでも氷室先輩の気分は大分晴れたみたいだ。よかった……って。


「早く! いい加減中に入れてよ!」

「オイ! いつになったら順番が来るんだよ!」

「うああああ!?」


 しまった!? 氷室先輩との会話に集中しすぎて、お客さんを捌くのを忘れてた!


 俺はお客さんに平謝りしながら、仕事を再開した。


 ◇


「うう……もう無理……」


 やっと交代の時間となり、俺はバックヤードで突っ伏した。というか、お客さんの整理がここまで過酷だとは思わなかった……。


 だって、お客さんの数が多すぎて、入りきれないお客さんからのクレームを一身に受け続ける羽目になるし、なのに次から次へとお客さんが湧いてくるし……これなら厨房で皿洗いするほうがましだった……って、こうしちゃいられない。


 俺はそそくさと制服に着替え直すと、教室を出て生徒会室へと向かう。

 ここからは生徒会の仕事、桐崎先輩と学園内を巡回するのだ。


「す、すいません! 遅くなりました!」


 俺は生徒会室の扉を開けると、先輩は椅子に腰かけながら書類に目を通していた。


「ふふ、大丈夫だ。では行こうか」

「はい!」


 実は俺、この巡回を心待ちにしていたりもする。

 だって、図らずも先輩と二人っきりで学園祭を回れるんだからな。


 そうして、俺と先輩は生徒会室を出ると、各部活の露店が立ち並ぶ校庭に来た。


「先輩、何か食べたいものはありますか?」

「ふふ……コラ、私達は生徒会として巡回に来てるんだぞ?」


 俺が露店を指差しながら尋ねると、先輩は苦笑しながらたしなめる。


「あはは、もちろん生徒会としてでもありますけど、それ以上に俺は先輩と二人で学園祭を楽しむ時間だと思ってますけど?」

「あう……ふふ、仕方ない、な……」


 先輩は頬を赤らめながら、渋々と言った様子で頷いた。

 といっても、その口元は緩んでいるけど。


 そして俺達は露店を回りながら、食べ物とドリンクを買って、ベンチに座った。


「ふふ! さあ、どれから食べようか!」

「あ、あははー……」


 今、このベンチの上にはたこ焼きや焼きそば、ポテトチップスなどが所せましと並べられている。というか先輩、少し買い過ぎじゃ……。


「はふはふ……うん、美味しいな!」


 うん、先輩が熱々のたこ焼きを頬張る姿って、何というか、その……ごちそうさまです!


「ん? 望月くんは食べないのか?」

「はえ!? あ、ああいえ、いただきます!」


 見とれていたところに声を掛けられ、俺は慌てて先輩と同じくたこ焼きを食べ……って!?


「熱っ!?」

「ふふ……ホラ、慌てて食べるからだぞ?」


 先輩にドリンクを手渡され、俺は勢いよくそれを飲む……って、コレ、俺が買ったコーラじゃないぞ!?


「せ、先輩!?」

「ん? どうした……って!?」


 どうやら先輩も気づいたみたいだ。

 俺に手渡したのが、先輩が買った紅茶だということに。


 そして、これって……。


「あう……そ、その……すまない……」

「い、いえ……あの……う、嬉しかった、です……」


 って、俺は何を言ってるんだよ!?

 俺はチラリ、と先輩の様子をうかがうと……。


「あうあうあうあうあうあう……」


 先輩は耳まで真っ赤にしながら、恥ずかしそうにうつむいていた。


 そして、結局俺と先輩はお互いに顔を合わせることもできないまま、楽しみにしていた巡回を終えた。


 でも、これだけは言わせて欲しい。


 先輩、ごちそうさまでした!

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