第155話 盟友

「さあ……そろそろ終わりにしよう。安心したまえ、貴様が望んだように、私の全身全霊をもって貴様と向き合おう。だから、受け止めてみせろ!」


 桐崎先輩はそう宣言すると、[関聖帝君]が高々と青龍偃月刀を構えた。


 ……それじゃあ俺は、モズグズ退治をしようじゃないか。

 もちろん、先輩とタイミングを合わせて。


「[シン]! サンドラ! 待たせた! 俺の合図で、その幽鬼レブナントを叩き潰すんだ!」

「エエ! 分かりましたワ!」

『ハイなのです!』


 サンドラは、【ガーディアン】でモズグズの槍を全て受け止めながら、俺に笑顔を向ける。

 [シン]も、要所でサンドラのフォローに入りつつ、その右手の親指を突き立てた。


 さあ……後は先輩とタイミングを合わせるだけだ。


 俺は二人へと再度視線を向けると、先輩も後は青龍偃月えんげつ刀を振り下ろすのみ。

 一方で、氷室先輩はといえば、[関聖帝君]から放たれる圧倒的な【威圧】によって身動きもできず、漆黒の目を見開きながらその身体を小刻みに震わせていた。


 そして。


「おおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 [関聖帝君]が、氷室先輩の肩に乗る[スノーホワイト]へと青龍偃月刀を振り下ろす。


「サンドラ! [シン]! 今だああああああああ!」

「待ってましたワ! 食らいなさイ! 【裁きの鉄槌】!」

『トドメなのです! 【裂】!』


 [シン]の呪符によって全身をズタズタにされたモズグズの頭上へ、[ペルーン]が稲妻を帯びたメイスを叩き落とした。

 当然ながらモズグズはそれに耐えることができず、その身体を幽子……“ウルズの泥水”へと変える。


「っ! 先輩!」


 俺はすぐに二人の先輩へと翻ると、青龍偃月刀の刃先が[スノーホワイト]の眉間のほんの数センチ……いや、おそらく一センチにも満たない距離で寸止めされていた。


 氷室先輩もその恐怖からか、膝から崩れ落ち、呆然としていた。


「ふふ……私の勝ち、だな」


 そう言って微笑む先輩に、“ウルズの泥水”がまとわりつき、身体の中にあるへと吸収されていく。


「う……」

「先輩!」


 俺は先輩に向かって全力で駆けると、間一髪、崩れ落ちる前に先輩を支えることができた。


「……ふふ。望月くん、ありがとう……」

「あはは……先輩を支えるのは、俺だけの・・・・役目ですよ」


 俺と先輩はほんの少しだけ見つめ合った後、改めて氷室先輩を見る。


「氷室先輩……桐崎先輩は、どうでしたか?」

『…………………………』


 俺の問い掛けにも、氷室先輩は全く反応しない。

 それほど、あの寸止めが衝撃的だったんだろう。


「……氷室くん。少しだけ、話をしよう」

『…………………………』

「君は、私が君を見ていないと言ったが……私は、常に君のことを意識していたよ」

『ッ!?』


 先輩のその一言に、呆けていた氷室先輩が反応を示した。


「ふふ……先程は望月くんを引き合いに出したが、この私だって[関聖帝君]にクラスチェンジする前は、平凡な強さだった」

『ッ! 嘘デス! アナタハイツダッテ孤高ダッタデハナイデスカ! コレ以上……コレ以上、私ヲ侮辱スルノデスカア……!』


 先輩が告げた言葉を信じられない……いや、信じない氷室先輩は、漆黒の瞳から涙を零す。


「孤高だなんて、そんな大層なものじゃない。ただ……私には、一緒にいてくれる者が周りにいなかった……だけだ……」


 そう言うと、先輩は寂しそうに微笑みながら視線を落とした。


「だから、領域エリア攻略もたった一人でこなさなければならないし、私自身、強くなりたいと思っていたから、後はただひたすらに“グラハム塔”領域エリアで鍛え続けた。一人では倒せない幽鬼レブナントもたくさんいるが、そんな時は背後から不意打ちをしては、幽鬼レブナントに背を向けて逃げ出したりもした」


 先輩の独白に、気づけば氷室先輩が聞き入っていた。

 氷室先輩の瞳に、今の先輩はどう映っているんだろうか。幻滅してるだろうか、それとも、共感しているのだろうか。


「そして去年の秋、ようやくその努力が実り、私はクラスチェンジを果たした。するとどうだ? 今度は皆が私に恐怖し、ますます遠ざかっていくじゃないか。だが」


 一拍置き、先輩は氷室先輩をジッと見つめる。


「……だが、君だけは私を見てくれた」

『ア……』

「ふふ……といっても、君はいつも対抗意識をむき出しにしていたが、な」


 そう言って、先輩が苦笑した。


『ア……アア……!』

「氷室くん……君の、私と対等であろうとするその想いが、私にはすごく嬉しかった。それだけじゃない、私と君は、たった二人だけになってしまった生徒会を共に支えた、盟友ではないか……だから……」


 先輩はへたり込んだままの氷室先輩と視線を合わせると、そっと抱き寄せた。


「だから、これからも私の盟友であって欲しい」

『アアアアアアアアア……ッ!』


 あの・・氷室先輩が、感情を露わにしながら先輩の胸で号泣する。

 今までずっと追い求め続けていた人に、振り向いてもらえたことへの嬉しさで。

 盟友と……対等であると、認めてもらえていたことへの喜びで。


 そんな氷室先輩の瞳は、もう、あの澄んだ藍色の瞳に戻っていた。


「フフ……ヨーヘイ、お疲れ様」

「サンドラ」


 すると、サンドラが俺の隣に来て、少し含みのある笑い方をする。


「……何だよ」

「イーエ? どうせこれも、ヨーヘイの狙い通りなんでショ?」

「さあ、どうだろ?」


 俺はわざとおどけながらそう答えると。


「マア、そういうことにしておいてあげますワ」

「うるせー」


 肩を竦めるサンドラに俺はそんな悪態を吐きつつも、口元を緩めながら抱き合う二人を眺めていた。

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