第154話 先輩の咆哮

「ふざけるな! 言うに事欠いて、私はともかく、望月くんを侮辱するのかああああッッッ!


 先輩は、かつてないほどの激情で、氷室先輩に向かって咆哮した。

 こんな姿は、あの木崎セシルが俺をおとしめた時以来だぞ!?


「望月くんが全てを持ち合わせているだと? 自分とは違うだと? ああそうだな! 少なくとも、望月くんは貴様などより、この私ですら敵わない、最高のものを持っているとも!」

『フ、フフ……ホラゴ覧ナサイ。結局ハ才能……「それが侮辱だというのだ!」』


 薄ら笑いを浮かべた氷室先輩に、桐崎先輩はなお食って掛かる。

 全て、俺のために……。


「……この学園に入学したばかりの望月くんは、同じクラスの者だけでなく、その担任教師にまで蔑まれるほど、彼の精霊ガイスト……[ゴブ美]は圧倒的に弱かった。私どころか、貴様とも比べ物にならないほどにな」

『ッ!?』


 桐崎先輩の言葉に、氷室先輩が息を飲む。

 そして、二人揃ってこちらを……俺を見た。


「だがな……彼は決して諦めなかった、腐らなかった。ただひたすら前を見て、歯を食いしばって、気の遠くなるような努力を重ねて、彼はを手に入れたのだ!」

『…………………………』

「それだけじゃない。彼はたとえ強くなろうとも決しておごらず、いつだって誰かの心を救ってばかり……それこそ、嫉妬してしまうほどにな」


 そう言うと、先輩はフ、と表情を緩めた。


「ハッキリ言おう……彼は、貴様とは違う。彼には才能などという下らないものよりも、もっと素晴らしくて尊いものを持ち合わせているのだ」

『……ソレガドウシタトイウンデスカ? ソンナコト、私ニハ関係アリマセンヨ』

「そんな台詞セリフを吐いている時点で、話にならん……ならば!」


 先輩の[関聖帝君]が、青龍偃月えんげつ刀の切っ先を氷室先輩に向ける。


 そして。


「貴様のその性根、この私が叩き直してやる!」

『アハハハハ! 上等デスヨ! [スノーホワイト]』


 高笑いと共に、氷室先輩が自身の精霊ガイスト、[スノーホワイト]を召喚した。

 その姿は、耳の長い手のひらサイズの妖精で、純白のドレスを身にまとい、背中にある四枚の羽を羽ばたかせて氷室先輩の顔の隣で浮遊した。


『フフ……コノ[スノーホワイト]、見クビラナイホウガイイデスヨ!』

「っ!」


 [スノーホワイト]が、その敏捷性を活かして[関聖帝君]へと突撃する。

 だけど、[スノーホワイト]は術者タイプ、しかも、その『力』と『耐久』のステータスは、ヒロインや仲間キャラの中では[ゴブ美]を除いて最低だ。


 ……ここから、どうやって戦うつもりだ?


「フッ!」


 [関聖帝君]が、青龍偃月刀で[スノーホワイト]を振り払おうとするが、それをすり抜けて背後を取ると。


『アハハ! 食ラエ! 【アイスニードル】!』


 [関聖帝君]の首元へ向け、中級の氷属性魔法である【アイスニードル】を放った。

 だけど……それは悪手だ。


 ――キイン。


『ッ!? ハネ返ッタ!?』


 そう、[関聖帝君]には、“アトランティス”領域エリアと“レムリア”領域エリアで入手した、【氷属性反射】のスキルがある。

 それだけで、氷属性主体の[スノーホワイト]は圧倒的に不利だ。


『フフ……本当ニムカツキマスネ……ナラ、コレデドウデスカ?』


 すると今度は、[スノーホワイト]が[関聖帝君]を囲むように次々と現れた。

 その数、七体。


『アハハハハ! サア! 【セブンス】ニヨッテ増殖シタ[スノーホワイト]ヲ、防グコトガデキマスカ!』


 七体の[スノーホワイト]が縦横無尽に動き回りながら、同時に襲い掛かる。


「フン!」


 先輩は鼻を鳴らすと、[関聖帝君]が青龍偃月刀を振り上げた。


 ――ブオン!


『ッ!?』


 青龍偃月刀の風圧によって、[スノーホワイト]が吹き飛ばされる。

 おそらく、【一刀両断】のスキルを使って威力を増し、刀の身幅で風を巻き起こしたんだろう。

 ただでさえサイズが小さい[スノーホワイト]にとっては、とても耐えられるものじゃない。


「これでは話にならんな」

『クッ! ナラ!』


 そして[スノーホワイト]は、懲りずに一斉に[関聖帝君]に向かっていく。


「ふむ、まるで馬鹿の一つ覚えのような攻撃だな」


 先輩は余裕の表情で、先程と同じように青龍偃月刀を振り上げた。


『ッ! カカッタ! 【ワンショット】!』


 よく見ると、先輩に向かっていった[スノーホワイト]の数は六体。

 残り一体は、氷室先輩の肩に乗り、黄金で装飾されたライフルを構えていた。


 そして、その黄金のライフルから[関聖帝君]の眉間目がけ、一発の銃弾が向かっていく。


『獲ッタ!』


 この時の氷室先輩は、あの常に無表情だった顔を満面の笑みに変えていた。

 それもそうだろう。氷室先輩は、あの憧れで、ライバルで、だけど振り向いてもらえなかった桐崎先輩に、一矢報いるのだ。嬉しいに決まっている。


 だけど……氷室先輩は知らない。

 今、相手をしているのは、『ガイスト×レブナント』においてラスボスに次ぐ、最強の精霊ガイスト使いだということを。


 ――ギイン!


『ッ!?』


 [関聖帝君]は、その身幅で眉間を覆い隠し、弾丸を弾いた。


『ド、ドウシテ……!?』

「ふむ……六体を囮にして本命が陰から狙う……見事な戦術のようにも見えるが、そもそも冷静沈着が常の貴様が、無謀にも自身の精霊ガイストを特攻させれば、私からすれば違和感しかない」

『ア……』

「それで全体を俯瞰ふかんして見ると、案の定、残りの一体が虎視眈々と狙っているのが分かったからな。ならば、あとは銃口の向きさえ確認できれば、おのずとどこに照準を当てているかが分かるというものだ」


 先輩は淡々と説明するが……聞いている俺からすれば、圧巻でしかない。

 ここまで正確に戦況を分析し、臨機応変に対処できるだけの力量を持った人間が、一体どれほどいるというのだろうか。


 そして、そのことを一番痛感しているのは、目の前で対峙している氷室先輩だろう。


『ア……アア……!』

「さあ……そろそろ終わりにしよう。安心したまえ、貴様が望んだように、私の全身全霊をもって貴様と向き合おう。だから、受け止めてみせろ!」


 そう宣言すると、[関聖帝君]が高々と青龍偃月刀を構えた。

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