第153話 氷室先輩の独白

 “ニブルヘイム”の守護者、“モズグズ”。


 コイツは、『ガイスト×レブナント』において最序盤に登場する“柱”で、あの木崎セシルが闇堕ちするはず・・だった。

 だからこのモズグズ自体は、柱の中でも一番弱く、倒すための推奨レベルは三十。ハッキリ言って、俺達の敵じゃない。


 だけど。


「フフ……食らいなさイ! 【裁きの……「待て、サンドラ!」……ッテ、ヨーヘイ、何で止めるんですノ!?」


 サンドラの[ペルーン]が今まさにモズグズに襲い掛かろうとしたところを、俺は慌てて静止する。

 すると、反撃とばかりにモズグズはその巨大な槍を[ペルーン]に向かって突き出すが、【ガーディアン】によってアッサリと防がれた。


「ハア……思ったより大したことないですからいいですけド……ヨーヘイ、どうしたんですノ?」


 俺の傍に来たサンドラが、少し呆れた表情を浮かべながら問い掛ける。


「悪いサンドラ……コイツを倒すタイミングは俺が指示するから、それまでは【ガーディアン】と[シン]の【方術】で防御に徹してくれ」

『はう!? 倒してはいけないのですか!?』


 サンドラじゃなく[シン]が驚きの声を上げた。

 というか[シン]って、何気に好戦的だよなあ。


「ああ。今回の幽鬼レブナントとの戦いは、むしろタイミングこそが重要なんだ」


 そう……モズグズを倒すこと自体はいつでも倒せるが、それでも、今倒しちゃいけない理由がある。

 それは、俺達がモズグズを倒してしまうと、桐崎先輩が氷室先輩と戦っている最中に2ウルズの泥水“が先輩の身体へと流入し、しばらくの間、戦闘不能に陥ってしまう。

 そんな無防備な状態の時に氷室先輩の攻撃を受けてしまったらどうなるか、考えるまでもない。


「……とにかく、サンドラと[シン]は、俺が合図するまで待ってくれ。本当は、[シン]の呪符でアイツを拘束できると楽なんだけどな」


 そう言って、俺は肩を竦めて苦笑する。


「フフ……またヨーヘイのことだから、余計なお節介でも考えてるのかもしれませんわネ」

『はうはうはう! やっぱりマスターはワルイ男なのです!』


 おいコラ[シン]、なんでそうなるんだよ。


「ですが、分かりましたワ。だったら、何発でも何時間でも、アイツの攻撃なんて全て防ぎきってみせますわヨ!」

『はう! [シン]に任せるのです!』

「ああ……頼んだ!」


 さて……とりあえずコッチは上手くやるとして、先輩達のほうはどうだ……?

 先輩達へと視線を向けると、二人はお互い睨み合ったまま、終始無言で動く気配もない。


 そして。


「……氷室くん、君が私のことを嫌っていたことは知っていたよ。そして、この私を追い落とそうとしていたことも」

『アハハ、ソウデスカ』

「だが、先代の生徒会長を追放した後、私と君は、たった二人で今の生徒会を守ってきた……だから、それでも私は君のことを、盟友だと思っていた……」


 そう言うと、先輩は視線を落とした。


『フフ……私ハズット、アナタノコトヲ見続ケテキマシタヨ? コノアレイスター学園ニ入学シ、同ジクラスデ隣ノ席ニナッタ、アノ時カラ』

「…………………………」

『ソシテ、初メテアナタヲ見タ時、スグニ分カリマシタ。『アア……神カラ全テヲ与エラレタ者トイウノハ、コウイウ人ノコトヲ言ウノダ』、ト』


 氷室先輩の独白を、先輩はただ無言で聞き続ける。


領域エリア攻略ニシテモソウ。アナタハ誰トモ群レズ、イツモタッタ一人デ領域エリアニ通イ続ケタ。座学ノ成績ダッテ、常ニトップ。勉強デハ、私モ自信ガアッタンデスケド、ネ』

「そうか……」

『サラニ、一年ノ秋ニハ、アナタハクラスチェンジヲ果タシ、ソノ強サハサラニ圧倒的ニナッタ。ソシテ、学園最強ノ名ヲ欲シイママニシタ』


 ……そうか、氷室先輩は知らないんだな。

 先輩は、決して恵まれていたわけじゃないってことを。


『私ハ、強ク、気高イアナタニ憧レタ。アナタノヨウニナリタイト思ッタ。ソウスレバ、人付キ合イモ苦手デモ、誰カラモ認メテモラエナクテモ、私ハ誇リ高ク前ヲ向ケルト思ッタカラ……』


 はは、何だよ……結局のところ、氷室先輩は自分を卑下して、でも、そんな自分から変わりたくて、自分には持ってないものを全部持ってる桐崎先輩に憧れて……だけど、桐崎先輩は氷室先輩のことを見ていなくて……。


『デモ、アナタノ瞳ニハ……当タリ前ダケド、私ナンテ映ッテナカッタ。ダカラ、私ハアナタノ背中ヲ追ッテ生徒会ニ入ッタ。アナタノ傍ニイレバ、アナタノ瞳ニ私トイウ存在ヲ認メテモラエルト思ッタカラ。対等ニナレルト思ッタカラ』

「…………………………」

『確カニ生徒会ニ入ッテ、私トイウ存在ハアナタニ認知サレタ。アクマデモ、アナタノ下ノ存在・・・・トシテ』


 そう言うと、氷室先輩はギリ、と歯噛みした。


『ソンナアナタニ、二年生ニナッテ誰ヨリモ目ヲ掛ケル存在ガ現レタ……ソレガ、望月サン』


 お、俺!?

 まさかここで俺が出てくるだなんて、思いもよらないんだけど……。


『私ノコトナンカ一切見ヨウトモシナイノニ、アナタハ生徒会ノ仕事ヲ全部ナゲウッテ、望月サンニカカリッキリダッタ。ソンナ彼ガ生徒会ニ入ッテ来テ、私モ接スルヨウニナッテ、ソシテ……彼ノ精霊ガイストノ能力ヲ知ッテ……!』


 あ……氷室先輩の家に行った、あの時の……。


『ソノ時、私ハヨウヤク分カッタ。アナタニ見テモラウニハ、初メカラ全テヲ備エテナイト駄目ナンダト。最初カラ持チ合ワセテイナイ私ハ、駄目ナンダト……ダカラ!』


 氷室先輩がその漆黒の瞳で、先輩をキッと睨みつける。


『ダカラ私ハ諦メタ! モウ、アナタニ見テモラオウナンテ思ワナイ! ダッタラ! モウ私ニトッテ目障リデシカナイノヨ! アナタモ! アナタノオ気ニ入リノ望月サンモ!』


 あははー……まさか、実はこの俺もコンプレックスの対象になってるだなんて思わなかったな……。

 何というか、その……複雑な気分だ。


 さて……となると、桐崎先輩はどう……「ふざけるな」……って、先輩!?


「ふざけるな! 言うに事欠いて、私はともかく、望月くんを侮辱するのかああああッッッ!


 先輩は、かつてないほどの激情で、氷室先輩に向かって咆哮した。

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