第145話 追いつけない

「氷室先輩……俺、そんなことないと思いますよ?」


 気づけば、俺は氷室先輩の言葉を否定していた。


「望月、さん……?」

「氷室先輩はどう思っているか知りませんけど、少なくとも一学期の生徒会を切り盛りしてきたのは、桐崎先輩でも他の誰でもない……氷室先輩です」

「…………………………」


 氷室先輩は、俺の言葉を聞きながら、キュ、と唇を噛んだ。

 だけど、もう少し言わせてもらいます。


「俺は、氷室先輩と桐崎先輩の関係がどうなのか、何があるのか、それは分かりません。ですが、これだけは言えます。俺にとっては、氷室先輩だって桐崎先輩と同じように、尊敬できる先輩、ですよ?」

「っ!?」


 氷室先輩が息を飲んだのが分かる。

 だけど、これは事実だ。


 あの二―一の元生徒会メンバーに絡まれた時もそうだし、普段の生徒会での仕事だって、いつも俺やサンドラを気に掛け、必要な時はそっとサポートしてくれていたことを知っている。

 氷室先輩は……そんな優しい先輩なんだ。


「ふ、ふふ……」

「氷室先輩……?」


 突然笑い出した先輩に、俺は思わず声を掛けると。


「……あなたは何も知らないから、そんなことが言えるんですよ。私がアレイスター学園に入学してから、どれだけ桐崎さんの背中を追い続けてきたか。追っても、追っても、引き離されるんですよ?」

「…………………………」

「それだけじゃない。桐崎さんは一年生の秋にクラスチェンジを果たし、圧倒的な強さで、とうとうその背中すら見えなくなった……私は、こんなに努力をしてきたというのに……!」


 氷室先輩はドン、と畳を叩くと、悔しそうにうつむいた。

 ……やっぱり、『まとめサイト』にあった通り、先輩に対してコンプレックスを抱えていた、か……。


「……これを見てください」

「え……ガイスト、リーダー……?」


 俺は氷室先輩からガイストリーダーを差し出され、その画面を見る。


「っ!?」


 —————————————————————

 名前 :スノーホワイト

 属性 :妖精(♀)

 LV :79

 力  :F

 魔力 :B+

 耐久 :F-

 敏捷 :A+

 知力 :A+

 運  :E-

 スキル:【氷属性魔法】【ワンショット】【セブンス】

【グラス・コフィン】【氷属性耐性】【火属性弱点】

 —————————————————————


 そのステータスに、俺は声を失う。


 いや、ステータスそのものはバラつきがあるし、決して強いとは言えないかもしれない。でも、それ以上に驚いたのが、そのレベルだ。

 確か『まとめサイト』では氷室先輩の精霊ガイスト、[スノーホワイト]のレベルは、初見で四十四だったはず。


 だけど……レベルだけなら、学園トップだろう。


「……学園に入学してからこれまで、家事や生徒会の合間を縫って、ずっと努力し続けてきました。でも、クラスチェンジだってできないし、強さだって、桐崎さんの精霊ガイストには遠く及ばない……!」

「…………………………」

「ふふ……恵まれているあなたには、分からないでしょうね。人には、どれだけ努力しても、報われない者もいるのですよ……」


 氷室先輩の言葉を、俺はただ、無言で聞き続ける。

 ここで俺が、その言葉を否定するのは簡単だろう。だけど……それじゃ、氷室先輩には届かない。


「……くだらない話を、してしまいましたね」

「いえ……」

「望月さんは、何も気にしなくてもいいんですよ? ただ……ありがとうございます。少しだけ、気持ちが軽くなりました」


 氷室先輩はそう言うと、表情を変えずに視線を落とした。

 だけど俺には、そんな氷室先輩が、まるで出口のない迷路の中でもがいているように感じた。

 こんなの……放っておけるかよ……!


「……氷室先輩、話を戻します」

「いえ、話は……「聞いてください」」


 話を無理やりにでも打ち切ろうとする氷室先輩の言葉を遮り、俺は話を続ける。


「俺……どうしても、腑に落ちないんです。氷室先輩はどうして、そこまで桐崎先輩を追いかけようとするんですか? 一体、氷室先輩と桐崎先輩の間に、何があるっていうんですか……?」

「……申し訳ありませんが、今日はお引き取りください」

「氷室先輩!」

「お願い……っ!」


 絞り出すような声で、氷室先輩が懇願した。

 ……仕方ない、か。


「……お邪魔しました」

「いえ……では、また月曜日」

「兄ちゃん、また来なよ!」

「「また来てねー!」」


 嬉しそうに玄関で手を振りながら見送る少年と妹さん。

 そんな中、氷室先輩は無表情のまま、その藍色の瞳でただジッと俺を見つめていた。


 ハア……これは何とかする・・・・・しかない・・・・、か……。


 俺は頭をきつつ、振り返ってもう一度氷室先輩を見つめた。

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