第144話 氷室先輩の事情

「コホン……それで、タカシの件につきましては、すいま……ああいえ、また謝ってしまうと、先程の繰り返しになってしまいますね。ここまで連れてきてくださり、ありがとうございました」


 気を取り直して、氷室先輩からお礼を告げられた。

 こちらとしては、怪我をさせたのは俺なので心苦しいけど、ここは素直に受け取っておこう。そうじゃないと、またエンドレスに頭を下げ続けることになってしまいそうだし。


「ああ、どうぞお召し上がりください」

「は、はい、いただきます……」


 俺は氷室先輩が見守る中、湯飲みを手に持つ。

 というか、そんなにジッと見られると、その……うう、ちっとも落ち着かない……。


『はうはう! [シン]はアイスをご所望なのです!』

「コラ、[シン]! はしたないぞ!」

「……これは失礼しました。今、用意してきます」

「いいい、いえ! 全然お気になさらず……って、あああ……」


 [シン]が余計なことを言ったばっかりに、氷室先輩が気を遣ってアイスを取りに行ってしまった……。


「[シン]―?」

『は、はう!? ひょ、ひょっとしてマスター、すごく怒ってるのです……?』


 ここにきてやっと自分のしでかしたことを理解した[シン]は、俺の表情をうかがいながら恐る恐る尋ねてきた。


「当たり前だろう! 当分、アイス抜きだからな!」

『はうはうはうはう!? ごめんなさいなのです! 許して欲しいのです!』


 少しキツめに叱ると、[シン]は持ち前の『敏捷』ステータスを活かし、瞬く間に綺麗な土下座を敢行した。

 そして、ウルウルとオニキスの瞳を潤ませ、必死で訴えかけてくる。く、くう……! お、俺はこの程度じゃほだされないぞ……!


「お待たせしました……って、二人は何をしているのですか?」

「ああ!? ひ、氷室先輩!? こ、これはその……」

「いくら精霊ガイストとはいえ、こんな子どもに土下座させるとは、いただけませんね」


 ええー……お、俺が悪いのかなあ……。

 俺はチラリ、と[シン]を見やると、これでもかとその瞳で訴えてきやがる……ハア、チクショウ……。


「あー……分かったよ。とにかく、ちゃんと氷室先輩にお礼を言えよ」

『はう! あ、ありがとうございますなのです!』

「いえ」


 そして[シン]は氷室先輩からアイスを受け取ると、瞳をキラキラさせながらアイスを頬張った。チクショウ、幸せそうにしやがって。


「あ、そういえば少年……タカシくんの怪我は大丈夫でしたか?」

「はい、少々足をひねっただけだと思いますので、とりあえず湿布を貼って様子をみます」

「そ、そうですか……」


 氷室先輩の言葉に、俺は少しだけ心が軽くなった。


「それにしても、氷室先輩ってご弟妹きょうだいが多いんですね」

「はい、うちは四人姉弟妹きょうだいですから」

「へー。俺、兄弟とかいないから、ちょっと羨ましいですね」


 そう言うと、俺はずず、とお茶をすすった。


「ですが、うちは両親が共働きで、家事とあの子達の面倒もみないといけませんので、なかなか大変ですよ?」

「そうなんですねー」


 あー、なるほど……いつも生徒会が終わったらすぐに帰っているのは、弟さんと妹さんの面倒を見てるからなのかー……納得。


「それにしても、あなたの精霊ガイストは会話をしたり、アイスを食べたり……かなり特殊ですね」

「あ、あはは……ですよね……」


 氷室先輩の言葉に、俺は愛想笑いを浮かべる。

 いや、それに関しては俺自身も不思議でしょうがないからなあ……。


「よろしければ、ステータスを見せていただいても……?」

「あ、いいですよ」


 俺はポケットからガイストリーダーを取り出し、氷室先輩に見せた。


「っ! ……すごいですね。これほどまでのステータス、二年生……いえ、三年生でも見たことがありません」

「あはは、ありがとうございます」


 氷室先輩はステータスを見た瞬間、思わず目を見開き、手放しで褒めてくれた。

 もちろん、俺としても嬉しいに決まってる。[シン]なんて、アイスをくわえながら『えっへん』と胸を張っていた。


「……会長が目を掛けるだけありますね」

「いえ、それは違います」


 ポツリ、と呟いた氷室先輩の言葉を、俺は明確に否定した。

 だって……桐崎先輩は、[シン]になる前から、俺と、[ゴブ美]を見守り、そして、認めてくれたから。


「なるほど……私もまだまだ・・・・、ですね……」

「と、言いますと?」


 少し自嘲気味にそう言った氷室先輩に、俺はあえて問い掛けた。

 何度も言うが、あの『まとめサイト』では、桐崎先輩と氷室先輩は犬猿の仲・・・・だ。

 だけど、俺が生徒会に入って、氷室先輩と知り合ってからこれまで、俺には氷室先輩が桐崎先輩のことを嫌っているとは到底思えない。そして、それは桐崎先輩も。

 それどころかむしろ、俺にはお互いがお互いを認め合い、信頼し合っているようにしか見えないんだ。


「……会長……いえ、桐崎さんと比べたら、私なんか……」


 でも……氷室先輩は、どうしても自分を卑下してしまう。

 桐崎先輩と比べたら、自分には価値がないとでも言わんばかりに。


 だから。


「氷室先輩……俺、そんなことないと思いますよ?」


 気づけば、俺は氷室先輩の言葉を否定していた。

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