第143話 氷室家

「あれ? タカシと……望月さん、ですか?」

「へ? 氷室先輩?」


 買い物袋を持った氷室先輩と、男の子の家の前でバッタリと出会ってしまった……って。


「な、なあ少年。ひょっとして……」

「あ! 姉ちゃん!」


 はい、ここは氷室先輩の家で、この少年は氷室先輩の弟さんでした。いやあ、世間って狭いなあ。

 などとしみじみ感じていると。


「それで……どうして望月さんがタカシと一緒にいるんですか?」

「あ! そうだった!」


 俺は少年を一旦降ろし、事情を説明した。


「そうですか……タカシがすいませんでした」

「いやいや! ぶつかって怪我をさせたのは俺のほうですし、こちらこそすいませんでした!」


 俺は頭を下げる氷室先輩に向かって、深々と頭を下げた。


「いえ、頭を上げてください。多分、タカシが迷惑を掛けたんでしょうから……」

「い、いえ! 俺が急いでいて注意が散漫になってたからで!」


 などと、氷室先輩と俺は謝罪の応酬を繰り広げている。なんだコレ。


「まあまあ、姉ちゃんも兄ちゃんも、俺のことでそんなに謝らないでよ」

『そうなのです! ケンカ両成敗なのです!』

「「いや、なんでお前(あなた)が言ってるんだよ(言ってるんですか)」


 おっと、氷室先輩とツッコミがハモってしまった。

 というか[シン]、何勝手に出て来てるんだよ。


「……望月さん、どうして精霊ガイストを召喚してるんですか?」


 ほらあ、また説明しないといけなくなるじゃん。メンドクサイ。


「スゲー! 兄ちゃんって姉ちゃんと同じ精霊ガイスト使いなのかよ!」

「おう。というか、俺は少年のお姉さん……氷室先輩の後輩で、“望月ヨーヘイ”っていうんだ。よろしくな!」

『[シン]なのです! よろしくお願いしますなのです!』


 キラキラと瞳を輝かせ、羨望の眼差しで俺を見つめる少年の頭を撫でてやる。

 というか、久しぶりにそんな視線を受けた気がする。ちょっと……いや、かなり嬉しい。

 そして[シン]よ、勝手にしゃべるな。


「…………………………」


 ホラ見ろ、氷室先輩が固まっちまったじゃねーか。

 氷室先輩はただでさえ表情が読み取りづらいんだから、困るんだぞ?


「あ、あははー……俺の精霊ガイスト、ちょっと特殊でして……」

「そ、そうでしたか……それより、タカシがご迷惑をお掛けしたお詫びと、ここまで運んでいただいたお礼をしたいので、どうぞ中へお入りください」

「はえ!? い、いやいや、お気になさらず!」


 俺は手をバタバタさせながら、何とか断ろうとする。というか、さすがに申し訳なさすぎるし、先輩とサンドラも待たせてるし……。


「そういうわけにはいきません」


 ……だけど、氷室先輩は俺を一向に逃がす気はないらしい。

 ま、まあ、先輩達には遅れるとだけ連絡しとくかあ……。


「わ、分かりました……」

「はい。ではどうぞ」


 ということで、俺は氷室先輩に案内され、家の中へと通された。


「「お姉ちゃんお帰りなさい!」」


 少年よりもさらに小さな、同じ顔をした女の子が二人、お出迎えをしてくれた。

 へえ……氷室先輩って、四人姉弟妹きょうだいなのか。


「「え、ええと……お兄さんは誰ですか?」」

「はは、俺は“望月ヨーヘイ”。いつも氷室先輩にはお世話になってるんだ。よろしくね」

『はうはうはう! [シン]は[シン]なのです! よろしくお願いしますなのです!』


 いや[シン]、その自己紹介じゃよく分かんねーよ。

 だけど、氷室先輩の妹さんにはウケが良かったみたいで、嬉しそうに[シン]にまとわりついていた。


「では、こちらで少しお待ちください」


 俺を畳の部屋に通すと、氷室先輩はどこかに行った。多分、お茶でも用意してくれているんだろう。


「おっと、今のうちに先輩とサンドラに連絡しておくか」


 スマホを取り出し、先輩とサンドラにメッセージを送る。

 まあ、【火属性反射】と【氷属性反射】があるから、あの二人なら俺がいなくても楽勝だろう。というか、差をつけられそう。


 その時。


「ミャー」


 お、ネコだ。

 へえ、丸々と太って福々しいネコだなあ。でも可愛い。


「よーしよし、コッチにおいで」

「ミャー」


 俺は手招きをすると、ネコはトコトコとやってきて、俺の膝の上でコテン、と寝転んだ。いや、ナニコレ、超可愛いんだけど。


『はうはうはう! これはライバルの出現なのです! [シン]の定位置の危機なのです!』


 などと言いながら、[シン]がネコを睨みつける。

 いや、なんでネコと争ってんだよ。


「お待たせしました」


 すると氷室先輩が、お盆にお茶とお菓子を乗せて戻ってきた。


「あ、ああいえ、お構いなく……」

「ですが……少々嫉妬してしまいますね」

「へ?」


 氷室先輩の言葉に、俺は首を傾げてしまう。


「いえ、うちの“ミャー太”が望月さんに懐いているので。私の膝には乗ってくれませんのに」

「あ、あはは……」


 氷室先輩は表情を変えないまでも、プイ、と顔を背けてしまった。


 そんな氷室先輩に対し、俺は苦笑するしかなかった。

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