第141話 あなたが、見てくれる

「……というわけなんだけど」


 俺とサンドラは一―三の教室に来ると、学園祭の作業をしていたアオイとプラーミャに声を掛け、事情を説明した。

 二人に、生徒会を手伝ってもらうために。


「あはは! もちろん手伝うに決まってるよ!」

「エエ、そうネ」

「二人共、ありがとう……」


 俺は二人に向かって深々と頭を下げた。

 二人なら手伝ってくれることは分かっていたけど、それでも、二つ返事で快諾してくれたことが嬉しかったんだ。


「や、やめてよ! だってボク達友達・・じゃないか!」

「フフ……ヤーのサンドラにこんな迷惑を掛けるだなんて、命知らずな連中ネ」


 いやプラーミャ、いくらアイツ等がクソだからって、変な真似だけはするなよ。

 そしてアオイよ、やたらと友達ってフレーズを強調するのな。


「でも、それだったらボク達以外の人にも手伝ってもらったほうがよくない?」

「ああ、だから加隈の奴にも頼みに行こうと思ってるんだけど」

「チョット待ってね。おーい、みんなー!」


 するとアオイは、クラスのみんなに大声で声を掛けた。


「立花くん、どうしたの?」

「なんだよ立花」


 クラスの連中が、全員アオイに注目する。


「ボク達の出し物って、あとは衣装を各自で準備するだけでしょ? 実は今、望月くんとサンドラさんがいる生徒会がピンチなんだ。このままじゃ、生徒会がなくなっちゃうだけじゃなくて、学園祭もできなくなるかもしれない」

「「「「「ええー!?」」」」」


 アオイの言葉に、クラスの連中が驚きの声を上げた。


「そ、そんなの困る!」

「そーだぜ! せっかくここまで準備してきたのに!」

「あはは、だよね。だから……ボク達一―三で、生徒会を手伝ってあげようと思うんだけど……どうかな?」


 アオイははにかみながらクラスのみんなに問い掛けた。

 すると。


「……まあ、しょうがないよね」

「だな。このまま学園祭ができなくなるっていうのもしゃくだしな」

「うん! やってやろうじゃない!」


 アオイの言葉で、クラスのみんながいい表情で頷き合う。

 はは、何だよ……アオイの奴、本当に主人公みたいじゃないか……。


「ようし! みんな! ボク達の力で、学園祭を絶対に成功させよう!」

「「「「「オー!」」」」」


 クラスのみんなが一致団結して、気勢を上げた。

 その中には、当然プラーミャやサンドラの姿も。


 そして俺は、その中心にいるアオイを、胸襟をキュ、とつかみながら、ただ眺めていた。


 ◇


「桐崎先輩! 氷室先輩! 一―三のみんなが助っ人に来てくれましたワ!」


 俺達はクラス全員で生徒会室にやって来た。もちろん、生徒会の仕事を手伝ってもらうために。


「おお……! これはすごい!」

「ええ……これなら」


 桐崎先輩と氷室先輩が、クラスのみんなを見て満足そうに頷くと。


「うむ! では、学園祭の運営を担当する者と信任投票の準備に取り掛かる者で二班に分けよう! 主に学園祭については氷室くんが、信任投票の準備はこの私が担当するので、みんな指示に従ってくれ。それと」


 そう伝えた後、桐崎先輩がみんなを見据え、胸を張る。


「みんな……本当に、ありがとう」


 そして、深々と、そして堂々とお辞儀をした。


「あはは、お礼を言うのは全部終わってからですよ!」

「そうそう! 立花くんの言う通り!」

「ふふ……そうだな……」


 そんな立花と先輩のやり取りを見て、クラスのみんながドッと笑う。

 うん、みんなの雰囲気も最高……これなら、絶対に全部上手くいくはずだ。


「さて……それじゃ俺は、各部活との最終調整をしてきますね」


 俺はそう告げ、生徒会室を出ようとすると。


「ええと……先輩?」

「望月くん、ちょっと話をしようか」


 桐崎先輩が俺の肩をポン、と叩き、一緒に生徒会室を出る。

 そして、そのまま食堂へと向かった。


「それで……望月くん、なにか悩みでもあるのか……?」

「え……? ど、どうしてですか?」


 席に着くなり、先輩にそんなことを尋ねられ、俺は一瞬しどろもどろになる。


「いや……君達が一―三のクラスのみんなを連れて来た時、君だけ少し浮かない表情をしていたから……」

「あ……そ、そんなこと……ないですよ……」


 真剣な表情で俺を見つめる先輩の、その真紅の瞳に耐え切れずに、俺は目を伏せてしまった。


「嘘だな」

「…………………………」

「ひょっとして……立花くんのことか?」

「っ!?」


 そう言われ、俺は思わず息を飲んだ。


「ふふ……やはりか」

「ど……どうして……?」

「君が、クラスの先頭に立つ立花くんを見て、苦しそうにしていたから、だな……」

「そう、ですか……」


 あ、はは……先輩には、何でもお見通し、なんだな……。

 でも……できれば先輩には、気づかれたくなかったけど……。


「……はは、俺……自分がこんなに小さい人間だなんて、思わなかったんです……」

「…………………………」

「俺、生徒会を何とかしたくて、サンドラと一緒に立花やプラーミャに、助っ人に来てくれって頼んだんです。そしたら立花の奴、クラスのみんなに声を掛けて、クラス全員で生徒会を助けようって言ってくれて……」

「うん……」

「そしたらクラスのみんなも、二つ返事で手伝うって言ってくれて……その時の立花が、俺にはまるで主人公・・・に見えて……」


 ここまで一気に話して、俺は息を詰まらせる。

 だって……あの時の、そして今の俺の感情は、嫉妬・・ってヤツだから……。


「あはは……俺、何言ってるんですかね……」


 俺はもう話を切り上げたくて、苦笑しながらおどけてみせた。

 これ以上、先輩に幻滅されたくないから。


 すると。


「え……? せ、先輩……?」


 先輩は俺の隣にやって来て、ギュ、と俺の身体を抱きしめてくれた。


「ふふ……誰かを羨ましくて、嫉妬する。それのどこがいけないんだ?」

「え……いや、でも……」

「私だって、誰かに嫉妬することはあるし、羨ましいと思うこともある。だから、そう思うことは何も悪いことじゃない」

「…………………………」


 先輩が耳元で、優しくささやく。

 俺に言い聞かせるように、俺を諭すように。


「それに、な? 君だって、立花くんに負けないくらい……いや、立花くんよりも遥かに、私は素敵な男の子だと想っているよ」

「あ……」


 先輩は、その真紅の瞳で俺を見つめ、ニコリ、と微笑んだ。

 だけど……それだけのことが、俺のこのすさんでいた……苦しかった心が満たされていくのが分かる。


「あ、あはは……先輩はやっぱり最高すぎ、ですよ……!」

「ふふ……当然だ。私も、君だけには・・・・・・幻滅されたくないからな」


 そうだ……俺には先輩がいる。

 先輩だけは、絶対に俺のこと、見ていてくれる。


 そう思えることが、幸せでたまらなかった。

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