第136話 大切な場所

「ふう……少し長くなってしまったな……」


 桐崎先輩がコキ、コキ、と首を鳴らしながら、そう呟いた。

 確かに今の時刻は夕方十七時に差し掛かろうとしている。いや、それでも昨日に比べたら一時間以上も早いんですけどね。


「では、今日は終わりにしましょう。お疲れ様でした」

「あ、お、お疲れ様でした……」


 氷室先輩がペコリ、とお辞儀をして、そそくさと生徒会室を出て行った。


「ええト……氷室先輩って、いつもあんな感じなんですノ……?」


 扉を指差しながら、サンドラが桐崎先輩におずおずと尋ねた。


「ああ……彼女はこの生徒会で初めて会った時から、いつもあんな感じだ。とはいえ、生徒会の仕事は素早くかつ正確にこなすし、何も問題はない」

「そ、そうですカ……」


 ウーン……多分、サンドラが聞きたかったのはそういうことじゃない。

 だから。


「ええと、先輩。先輩は氷室先輩とは仲が良いんですか……?」


 俺は二人の仲がどうなのか知っている上で、あえてそんな聞き方をした。

『まとめサイト』なんかの情報じゃなく、俺の知る先輩が、本当はどう思っているのかを知りたかったから。


「ん? 私か? ……私と彼女は、決して仲は良くないな……」


 そう言うと、先輩は少し寂しそうな表情を浮かべる。

 やはり、先輩と氷室先輩の仲は悪かった。


 でも……先輩は、少なくとも氷室先輩に対して悪い感情を抱いているわけじゃないってことは分かった。

 恐らく、氷室先輩だってそうなんだろう。


 ……いつか、二人の仲を修復したい、な。


「ま、まあ私と氷室くんのことはさておき、それよりも望月くんの言う領域エリアへと向かおう」

「あ、そ、そうですね」


 話を切り上げ、俺達は生徒会室を出て戸締りをすると、例の領域エリアのある場所へと向かう。


 といっても。


「む、ここは初心者用の領域エリアだが?」

「ですわネ……」


 二人は初心者用の領域エリアの扉を訝し気に眺める。


「あはは、先輩は既に知ってますけど、もちろん初心者用の領域エリアじゃないですよ」

「あ、そうか」


 そう、俺の言う領域エリアというのは、“ぱらいそ”領域エリア

 クラスチェンジした俺達がレベルアップするのに最も効率的な場所だ。


「え、ええト……?」


 事情が飲み込めないサンドラは、オロオロと俺と先輩の顔を交互に見た。


「はは、来たら分かるよ。というか、絶対に驚くだろうな」

「も、もったいぶらないでくださいまシ……」

「悪い悪い。でも、俺としては、サンドラに自分の目で確かめて欲しいんだ」

「モウ……」


 サンドラは口を尖らせるが、その瞳は怒っている様子はない。

 要は、俺とサンドラはただじゃれ合ってるだけだ。


「むむ! は、早く行くぞ!」

「あ! 先輩待って下さい!」


 少しムッとした先輩は、俺達を置いて領域エリアへの扉をくぐってしまったので、俺達は苦笑しながら慌てて追いかけた。


 そして。


「スゴイ……!」


 “ぱらいそ“領域エリアへの扉をくぐると、サンドラは感嘆の声を漏らした。


「ネ、ネエ、どうしてヨーヘイはこの場所を教えてくれなかったノ!」

「どうしてかって、それは……」


 サンドラに詰め寄られながら俺は先輩の顔をチラリ、と見やると、先輩は頷いた。


「……ここが、どんな領域エリアよりも危険な場所だからだ」

「……エ?」


 俺の言葉を聞き、サンドラが一瞬固まった。

 だけど、ここは真のラスボスがいる最終決戦のさらに先……本来なら、俺達のレベル程度じゃ来てはいけないようなところだ。


「……だから、この領域エリアの存在を知っているのは、俺と先輩……そして、サンドラだけだ」

「っ!」


 そう……もちろん危険な場所だからっていうのもあるけど、本音を言えば他のみんなには教えたくない。

 たとえ一緒に戦ってくれる仲間……立花やプラーミャ、加隈であったとしても。


「[シン]」

『ハイなのです』


 召喚すると、[シン]は俺に寄り添うように並んで立つ。


「ここは常に危険がつきまとうってオマケ付きではあるけど、それでも、俺と[シン]にとっては運命を変えた大切な場所だ」


 つまり俺が言いたいのは、俺にとってサンドラは、先輩と同じくらい信頼できる、かけがえのない存在だってことなんだ。

 この場所を、教えてもいいと思えるほどに。


「そウ……」


 サンドラは短くそう呟き、熱量を帯びたアクアマリンの瞳で俺を見つめた。


「フフ……分かりましたワ。そんな大切な場所にワタクシを連れてきてくれて、ありがとウ……」

「はは、礼を言うには早いんじゃないか? むしろ、これからが本番なんだから」


 そう言うと、俺は先輩とサンドラを手招きし、何度も通った通路を進む。


 そして。


「むうっ!? あの幽鬼レブナントは倒したのではなかったのか!?」


 先輩は目を見開き、思わずうなった。

 その視線の先にいるのは、“クイーン=オブ=フロスト”。[ゴブ美]が[シン]へとクラスチェンジを果たした時に倒した、あの凶悪な幽鬼レブナントだ。


「はい。どうやらあの幽鬼レブナント、いわゆる特殊タイプ・・・・・ではなく、この階層ではただの幽鬼レブナント扱いのようです」

「な、なんだと!?」


 先輩が声を荒げるほど驚くのも理解できる。

 だって、『ガイスト×レブナント』のゲーム本編に出てくるラスボスや、準ラスボスの先輩ですら、主人公達がそれらを倒すために必要なレベルは八十にも満たない。

 なのにあの“クイーン=オブ=フロスト”はレベル八十……ラスボス級の強さなのに、結局はこの“ぱらいそ”領域エリアでは雑魚でしかないんだから。


「そ、それで……やはり今回もやり過ごすのか?」


 悔しさをにじませつつも、それが現実なのだと受け入れ、先輩が尋ねる。

 だけど。


「いえ、今回はアイツを倒します。この三人で」

「「はあああああああああああ!?」」


 俺の言葉に、先輩とサンドラが絶叫した。

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