第132話 生徒会と信頼

 氷室先輩に連れられてやって来たのは、放課後の誰もいない食堂だった。


「座ってください」

「し、失礼します……」


 氷室先輩に促されて席に着くと、氷室先輩は俺の正面に座った。


「それで、旧生徒会のメンバーがいなくなった理由……でよろしいですね?」


 氷室先輩の問い掛けに、俺は無言で頷いた。


「結論から言います。彼等……旧生徒会のメンバーは、不正を働いていたからです」

「不正、ですか……?」

「はい」


 ウーン……不正、ねえ。

 でも、それだとあの牧村クニオのあの態度が理解できない。

 というのも、仮に不正を働いていたんだったら、後ろめたくてあんな強気な態度はとれないと思うんだけどなあ。


「それで、どんな不正だったんですか?」

「はい……」


 氷室先輩は、簡潔かつ丁寧に説明してくれた。

 何でも前生徒会の牧村クニオは、生徒会長在任時、各部活に対して便宜を図っていたらしい。

 特に、その予算配分はかなり不公平なもので、特定の部活……吹奏楽部と陸上部に、特に手厚かったとのこと。

 それだけじゃなく、あの牧村クニオは、何故か生徒会のメンバーには女子生徒しか加えず、桐崎先輩と氷室先輩も、一年の三学期の時、直々にスカウトされたらしい。


「へえ……そうだったんですね……」


 俺は氷室先輩のその説明に、思わず頷いた。

 いやだって、牧村クニオの奴、明らかにこの二人の先輩の容姿で選んでるだろ。大体、生徒会のメンバーが全員女子って時点で、私物化もいいところだ。


「というか、そんな奴がよく生徒会長なんかになれましたね……」

「あの男は裏工作が得意だったんです。その最たるものが、吹奏楽部と陸上部への便宜。その二つの部活は部員も多い上に、今の三年生最強・・・・・の二人がいますから」


 へえ……三年生最強、ねえ。

 ひょっとして。


「それって、“鈴原すずはらカエデ”って人と、“和気わきチアキ”って人じゃないですか?」

「……どうしてそれを?」


 氷室先輩がうかがうような視線を向けてきた。


「ああいえ……ホ、ホラ、ちょうど今、氷室先輩からもらった仕事の一つに、部活動同士の区割りの調整があったじゃないですか」

「そういえばそうですね」


 ホッ……どうやら納得してくれたみたいだ。

 だけど、今告げた二人の三年女子はメインヒロインではないものの、主人公の恋人になることができるサブヒロインなのだ。

 しかも、最終決戦前の桐崎先輩との戦闘の際、露払いとして主人公達を助けてくれたりする。


 だけど……そうかあ、この二人が主人公に味方したのは、そういった逆恨みからきてる可能性高そうだな。というか、なんだよその裏設定。


「それで会長と私で、前会長の不正を暴くために証拠を集め、三月の終業式の直前に糾弾したんです。それでも抵抗を見せようとしたので、会長はやむなく学園長にかけ合い、学園として正式に処分することになったんです」


 ああー、だから俺が初めて“グラハム塔”領域エリアを見学した時、夏目先輩は桐崎先輩に対して、『学園長の娘だからって、その特権を活かして就いた』だなんて言い掛かりをつけたんだな。


「そして、他の生徒会メンバーもその時にまとめて辞めてもらいました。彼女達も、前会長に加担して色々と甘い汁を吸っていたようですので」

「うわあ……甘い汁って一体……」

「……聞きたいですか?」

「い、いえ! 遠慮します!」


 だって、聞いたところで絶対にろくな話じゃないだろうし、もう今は生徒会じゃないわけだしなあ。


「……まあ、さすがに犯罪行為とまではならないものばかりなので、結局は生徒会を辞めさせるといった、甘い処分になってしまいました。それだけが唯一の心残りですね」

「そ、そうですか……」


 うん、とりあえず分かったことは、牧村クニオと旧生徒会メンバー、それに、“鈴原カエデ”と“和気チアキ”には近づかないほうが無難だな。

 サンドラや立花達にも関わり合いにならないように伝えておこう。


「ですが……」


 氷室先輩はポツリ、と呟き、ジッと俺を見つめる。


「? なんですか?」

「いえ……やけに簡単に私の話を信じるんですね」

「ああー……」


 まあ、実際に牧村クニオや旧生徒会メンバーに会っているってのもあるけど、それ以上に、桐崎先輩が何かひどいことをするはずがないからなあ。


 ただ……うん、氷室先輩は多分こう言いたいんだろう。

 桐崎先輩の味方である俺が、どうして氷室先輩を信用したのか、と。


 確かに『まとめサイト』では、桐崎先輩と氷室先輩は犬猿の仲という設定だ。

 だけど、二人の様子を見ていて分かった。


 少なくとも、桐崎先輩は氷室先輩のことを嫌ってはいない。

 そして氷室先輩も、桐崎先輩の人柄を否定したりしているわけじゃない、と。


 ただ……桐崎先輩という存在が、氷室先輩にとって大きすぎただけなんだ。


 それに。


「生徒会に入って桐崎先輩と氷室先輩のやり取りを見て、分かったんですよ。生徒会に関しては、桐崎先輩は氷室先輩のことを信頼していることが」

「っ!」


 表情は変わらないけど、氷室先輩が息を飲んだのが分かった。


「……どうしてそう思ったんですか?」

「あはは、何となく……というか、桐崎先輩は信頼している人に対してじゃないと、あんな表情を浮かべませんから」

「……そうですか」


 氷室先輩は短く呟いた後、視線をテーブルに落とした。


「さ、さあて! それじゃ、揉めてる部活の仲裁に行ってこようかな!」


 少し気まずくなった俺は、わざとらしく声のトーンを大きくしてそう言うと、席を立った。


「氷室先輩、教えてくださってありがとうございました!」

「いえ……」


 俺は深々とお辞儀をした後、食堂を立ち去った。

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