幕間

第117話 ボクの憧れの主人公①

■立花アオイ視点


 ボクには、居場所がなかった。


 小さな頃から身体が弱くて、小学校では出席したり休んだりを繰り返していて、体育の授業なんかはいつも見学ばかりだった。

 そんなだから、友達も全然いなくて、学校では、ボクはいつも一人ぼっち。

 修学旅行も、一人っきりになるのが嫌で、ボクだけ参加しなかったっけ。


 そんなボクのたった一つの趣味はゲーム。

 どんなジャンルだって好きだけど、一番好きなのは、RPGかなあ。


 だって、自分を鍛えて強くなって、絶対に裏切らない仲間がいて、思う存分冒険ができるんだもん。今のボクとは大違い。

 多分、ボクは主人公に憧れて、自分ができないことをゲームの中でしていたんだと思う。


 そんな大好きなゲームだったら、ボクは何時間だって遊べたし、実際に、ご飯やお風呂を忘れて遊んだりした。

 家には、ボクに注意する人はいないし。


 お父さんもお母さんも仕事が忙しくって、いつも家にいなくて、“ヒナエさん”っていうお手伝いさんが一人いるだけ。

 このヒナエさんも、ボクに何一つ注意もしないで、ただニコニコしてるだけ。

 だから、ボクは家の中では王様で、勇者で、主人公みたいに自由なんだ。


 中学に入ると、病弱だった身体も良くなって、普通に学校に通うことができるようになっていた。


 だけど……ボクの悪夢はここから始まった。


 ボクの身体が細くてなよなよしてるからって、同じクラスになった男子達からからかわれるようになった。

 女子も女子で、そんなボクを遠巻きに眺めながら、クスクスと笑っていた。


 ああ、そういえば下駄箱の中にラブレターが入ってた時もあったっけ。

 書かれていた場所に行ったらクラスの男子がいて、どういうわけかボクに告白してきた。

 後で分かったんだけど、何かの罰ゲームで、ボクに嘘の告白をするってことになったらしい。


 その時は、クラスの男子も女子も、ニヤニヤしながら眺めていた。

 自分達は上手く隠れてるつもりなのかもしれないけど、そんなに大人数でのぞいていたら、すぐにバレるのにね。


 その後、クラスのみんなが、その時のことをネタにボクをイジメるようになった。

 だから……ボクは、学校に通うのをやめた。


 そうなると、毎日することがなくなって暇になるんだけど、ボクは逆にゲームをする時間が増えて、楽しくて仕方なかった。

 ゲームの中では、ボクを馬鹿にしたりイジメたりする奴はいない。


 家でゲームするだけじゃ飽き足らなくて、ボクはゲーセンにも足しげく通った。

 おかげで、大好きなRPGだけじゃなくて、音ゲーやクレーンゲームなど、ありとあらゆるゲームが得意になった。

 まあ……ゲーセンでも、ボクを女の子と間違えてナンパしてきた奴もいたけど。


 それでも、ゲームをしていたボクは幸せだった。


 進学先の高校でも、周りはやっぱりボクを女の子扱いして、からかって……だから、やっぱり学校には行かずにゲーセンに入り浸っていた。


 そんな、五月のゴールデンウィーク明けの平日昼間。

 その日もいつものようにゲーセンでゲーム……この時はTCAGトレーディングカードアーケードゲームをしていると、どういうわけか、ヒナエさんがやって来た。


「アオイさん、今日はもう帰りましょう」

「え? 嫌だよ。ボクは今、このゲームをしてるんだから」


 そう言って、ヒナエさんを無視してそのままゲームを続けた。

 大体、今は大切な限定イベント配信の真っ最中なんだから、邪魔しないでよね……って。


「よし! 撃破!」


 ミッションをクリアし、ボクは思わず、胸の前で小さくガッツポーズをした。

 やった! これで限定カードの“ジークフリート”と“ブリュンヒルデ”が手に入る!

 そう思って、カード排出口に手をかざして、出てきたカードを取ると。


 ――ドクン。


「っ!?」


 突然、ボクの身体をナニカが駆け巡った。

 そして……ボクが確かに取ったはずのカードが、消えていた。


「え……? ど、どういうこと!?」


 訳が分からず、ボクは思わず叫んだ。

 せっかく頑張ってイベントクリアしたのに、カードが手に入らなかったら意味ないじゃん!


 仕方なく、ボクは店員さんにそのことを告げに行こうとした。


 すると。


「なあなあ、俺達と一緒に遊ばない?」


 ボクの前を遮るように、二人組の男が現れた。

 ……なんだ、またナンパか。


「遊ぶも何も、ボクはだよ」

「ハハハハハ! 嘘を吐くにも、もうちょっとマシなのにしたら? せっかく可愛いんだし」

「っ! ウルサイ!」


 ボクは悔しくて唇を噛むけど……ボクは弱い。

 だから、男達を無視して行こうとする……んだけど。


「ハハ! まあまあ一緒に行こうぜ!」

「は、離せ!」

「そんなつれないこと言わないで、ね?」


 男達はボクの両脇を抱え、逃げられないようにしてゲーセンの外に連れて行こうとした。


「イ、イヤ……!」

「「マアマア」」


 誰か……助けて……!


 その時。


「……アン? なん……っ!?」


 ――ドカッ!


 ボクの左脇を抱えていた男が、突然吹き飛んだ!?

 え……? 一体なにが……って!?


 見ると……そこには、甲冑を着た、精悍な顔つきをした長身の男が立っていた。

 その姿は、まるで……TCAGの限定イベントで入手するはずだった、“ジークフリート”と同じだった。


「オオオ、オマエ……ひょっとして、精霊ガイスト使いなのかよっ!?」

「へ……? ボクが……精霊ガイスト使い……?」

「ヒ、ヒイ……フゲッ!?」


 そして、右脇を抱えていた男も、精霊ガイストによって吹き飛ばされると、男達は顔を真っ青にして逃げ去っていった。


「ね、ねえ……キミは、ボクの精霊ガイスト……なの……?」


 ボクは甲冑を着た長身の男に尋ねる。

 だけど、この時のボクは、何故か怖いって思わなかった。


『(……コクリ)』

「頷いた……! あ、あはは……!」


 やっぱり! この男は精霊ガイストで、ボクは精霊ガイスト使いなんだ!


 ボクは嬉しくなり、思わず笑った。


「じゃ、じゃあ! キミは……キミの名前は、[ジークフリート]だよ!」

『(コクリ)』


 これが、ボクと[ジークフリート]の出逢いだった。

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