第115話 二つの指輪

 桐崎先輩とサンドラがもう一つの祠へと向かっている間に、俺は、ほこらの裏側に回り込むと、ひっそりと置かれてある、小さな木箱の蓋を開けた。


 そこには。


「よし……!」


 まさに、俺が求めていたアイテム、“エリネドの指輪”が入っていた。


『マスター、それは何なのです?』


 木箱の中をのぞき込みながら、不思議そうに[シン]が尋ねる。


「はは、これは“エリネドの指輪”といってな。この指輪をはめた人間は、得られる幽子の量が二倍になるんだ」

『はう! それはすごいのです!」

「だろ? しかも、実はこれだけじゃない」


 そう言って、俺は二人のいるほこらへと目を向けた。

 そう……ほこらが二つあるということは、同様にアイテムが二つあるってことだ。


 俺はもう一つのほこらの裏に行き、同様に置かれている木箱の蓋を開けると……“エリネドの指輪”とは意匠の異なる指輪が入っていた。


『はう! これも、もらえる幽子の量が二倍になるのですか?』

「いや、コッチにあるのは“リネットの指輪”。この指輪をはめると、精霊ガイストの全てのステータスが一つずつ上昇する」

『はうはうはう! これもすごいのです! マスターがこれをつければ、[シン]の最強伝説の始まりなのです!』


 [シン]ははしゃぎながら飛び跳ねるけど……うわあ、言い出しづらいなあ……。


「あー、その……[シン]」

『はうはう! ……って、どうしたのです?』


 俺の気まずい様子に気づいた[シン]は、不思議そうな顔を浮かべ、コテン、と首を傾げた。


「この二つの指輪は、俺がはめるつもりはないんだ」

『はう!? だ、だけど、そしたらどうするのです!? 持ってるだけじゃ、宝の持ち腐れなのです!』

「ああ……そうだな……」


 [シン]にそう答え、俺は二人のいるほこらを見やった。


『はう! [シン]はもう理解したのです! やっぱりマスターはワルイ男なのです!』

「いや、なんでだよ!」


 なんで二人に指輪を渡すことがワルイ男認定になるのか分からないけど……ま、まあ、とにかく、立花達がここにやってくる前に……。


 俺はほこらの正面に出ると、先輩とサンドラがガイストリーダーを見ながらはしゃいでいた。


「あ! 望月くん! 見てくれ、この[関聖帝君]のステータスを!」

「ヨーヘイ! なんと、コッチの水晶玉は、【氷属性反射】ですのヨ!」

「あはは、そっか」


 俺は嬉しそうに話す二人をいながら、口元を緩める。


「桐崎先輩、サンドラ」

「「?」」


 声を掛けると、二人は少しキョトンとしながら、俺を見つめた。


「実はこの領域エリアには、踏破した報酬として、あるアイテム・・・・・・が手に入るんだ」

「? アイテムっテ?」

「…………………………」


 不思議そうに尋ねるサンドラとは対照的に、何かを察した先輩はジッと押し黙った。


「先輩、サンドラ、手を出してくれるかな」

「うむ……」

「エ、エエ……」


 俺は、先輩の手の上には“エリネドの指輪”を、サンドラの手には“リネットの指輪”を置いた。


「これハ……指輪……?」

「先輩に渡した指輪は“エリネドの指輪”といって、手に入る幽子の量が二倍になります」

「っ!? そ、それは……!」


 驚いた表情を浮かべ、その真紅の瞳で見つめる先輩に、俺は静かに頷いた。

 そう……これがあれば、“シルウィアヌスの指輪”によるマイナスの効果を打ち消してくれる。


「ですので先輩……いざという時・・・・・・は外しておいてくださいね?」

「ふ……ふふ……本当に、君は……!」


 先輩はギュ、と“エリネドの指輪”を握りしめ、肩を震わせながらうつむいた。


「サンドラに渡した指輪は“リネットの指輪”。それをつければ、精霊ガイストの全ステータスが一つずつ上昇する」

「ッ!? そ、そんなすごい指輪なノ!?」

「ああ」


 俺は驚くサンドラに向かってゆっくり頷くと、サンドラは指輪を持つその手を胸元に寄せ、最高の笑顔を浮かべながら慈しむように抱きしめた。


「はは……といっても、手に入るのがその二つしかないから、まあその……早い者勝ちということで……」


 そう言って、俺は苦笑しながら頭をいた。

 これこそが、立花達を出し抜いて先に領域エリアボスを倒したかった理由だから。


「エ……? チョット待っテ!? 二つしかない・・・・・・ということは、ヨーヘイの分は!?」

「ん? ああいや、俺は別に……」

「な、何言ってますノ! だったラ、こんな貴重なもの、受け取れませんワ!」


 そう言って、サンドラは俺に指輪を差し出すけど……そうじゃないんだ。


「なあサンドラ……先輩も聞いてください。確かにその指輪を俺がはめたら、[シン]は強くなれるかもしれない。だけど……そんなの、俺にとっては些細なことなんだ」

「「…………………………」」

「それよりも、その指輪よりも……って、違うな。この世のどんな貴重なものよりも、誰よりも俺のことを信頼してくれる、二人のほうが大切なんだ」

「「っ!」」


 そう、俺と[シン]だけが強くなったって、このクソッタレなゲームの世界を変えることはできない。

 先輩の、不幸な結末だって……。


 だから、俺はみんなで・・・・強くなりたいんだ。

 みんながみんな、最高のエンディングを迎えるために。


「俺にとっての強さは、俺だけの強さじゃなくて、先輩やサンドラ達みんなでの強さなんだ。まあ、俺だって普通の人間だから、どうしても贔屓ひいきはしちゃうけど……」

「望月くん……」

「ヨーヘイ……」

「だから、二人にはその指輪を持っていて欲しい。そして、これからも俺と一緒にいて欲しいんだ」


 二人にお願いするように、そう告げると。


「ふふ……一緒にいたいのは君だけじゃない。私だって、キミと……一緒にいたい……」

「バカ……ワタクシだって、ヨーヘイの傍にいたいに決まってるじゃない……」

「二人共……ありがとう……」


 そう言って、俺は深々と頭を下げた。


「あ、だけど」

「「?」」

「あの三人にはナイショだから。特に、立花には」


 顔を上げ、俺はおどけながらそう言うと。


「…………………………プ」

「ププ」

「「アハハハハハハハハハハ!」」


 先輩とサンドラが、大声で笑い出した。


「ハハハハハ! 当然だとも! こんなこと、誰にも言えるものか!」

「フフフフフ! エエ! これは、三人の秘密ですわヨ!」

「はは! 絶対だからな!」


 俺達三人は顔を見合わせながら、もう一度笑った。

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