第110話 主人公対クソザコモブ③

『キミ、モウスグコノ世カラ消エチャウンダモン。【チェンジ】』


 立花がそう告げると、[ジークフリート]の身体が、突然幽子の渦に包まれた。


「な、何なノ!?」

「立花の精霊ガイスト、一体どうなるんだよ!?」


 プラーミャと加隈が驚きの声を上げる。

 だけど、あれは[ジークフリート]が持つスキルの一つ、【チェンジ】。


 [ジークフリート]から別の精霊ガイストへと、文字通り変化チェンジする能力だ。


 幽子が晴れ、立花の精霊ガイストが姿を現す。

 そこには……精悍で屈強な精霊ガイストの姿とは打って変わり、巨大なランスと盾を持ち、全身に甲冑をまとう美しい女性の姿へと変貌を遂げていた。


 あれこそ……主人公が持つもう一つの精霊ガイスト、[ブリュンヒルデ]。

 十一ものスキルを有し、向かってくるものをその重厚な盾で全て防ぎ、その巨大なランスで全てを討ち果たす、[ジークフリート]と並ぶ規格外の精霊ガイストだ。


 というか、『まとめサイト』によれば、主人公の性別が選べる仕様で、それによって初期の精霊ガイストが異なる予定だったらしいんだけど、どちらも同時に登場させたい開発者が両方使えるようにしようって言い出したらしく、【チェンジ】なんてふざけたスキルを用意して、両方使えるようにしたらしい。


 その結果、主人公が完全にチートになってしまい、ゲームバランスが崩れたとのこと。いや、ハッキリ言ってそんなのクソゲーだろ。開発者は正座しろ。


『アハハハハ! サア! コノ[ブリュンヒルデ]ト、ドウヤッテ戦ウツモリダイ?』


 なんて、立花は嬉しそうに勝ち誇ってやがるけど。


「[シン]、遠慮はいらない。あの精霊ガイストをボッコボコにしてやれ」

『! ハイなのです!』


 俺はニヤリ、と口の端を持ち上げて[シン]に指示すると、[シン]は嬉しそうに飛び出した。


『アハハ! 力ノ差ヲ見セテアゲルヨ! 【スコグル】!』


 すると立花は[ブリュンヒルデ]のランスを震わせる。まあ、ハッキリ言ってしまえば高周波振動による破壊兵器だな。

 当然、あんなモンに当たったら、[シン]の身体は粉々になる。


 当たれば、だけど。


『ッ!? コノ!』

『そんな攻撃、[シン]には当たらないのです!』


 そして[シン]は[ブリュンヒルデ]の背後に素早く回り込むと、呪符を何枚も貼りつけた。


『食らえ! なのです! 【爆】! 【裂】!』

『アアアアアアアアアッッッ!?』


 幾重にも貼られた呪符が爆発すると共に、[ブリュンヒルデ]の身体をズタズタに切り裂いていく。

 [ジークフリート]だったら、【竜の恩恵】を使っている間は同じ攻撃をしてもほぼノーダメージだっただろうけど、今は[ブリュンヒルデ]。その身体に[シン]の呪符を防ぐ手立てはない。


『クッ……! 【レギンレイヴ】……!』


 背中に大怪我を負った立花は、治癒のスキル【レギンレイヴ】によってその身体を回復していく。

 だけど。


『回復しても意味ないのです! 【爆】! 【裂】!』

『ッッッ!?』


 [シン]は、回復中の[ブリュンヒルデ]に容赦なく呪符による攻撃を続ける。

 だから、[ブリュンヒルデ]……立花は延々と苦痛を味わう羽目になっていた。


「はは! どうするんだよ立花! このままじゃジリ貧だぞ!」

『ッ! ウルサイッ!』


 俺に煽られて立花は口惜しそうな表情を浮かべて叫ぶ。

 だけど、[ブリュンヒルデ]……いや、立花じゃ、[シン]のその素早い動きに対応できないことは分かっていた。


 これが先輩だったら、[シン]の動きを予測して、キッチリとスピード差を補ってくるはずだから、絶対にこんな展開にはならないけど、な。


 さあて、立花……こうなったら、もう手は一つしかないぞ?


『クソッ! クソッ! 【チェンジ】!』


 立花は地団駄を踏むと、[ブリュンヒルデ]から[ジークフリート]に精霊ガイストを【チェンジ】した。


 さあ……これで終わりにしよう。


『アハハハハ! 今ノ[ジークフリート]ハ、【竜の恩恵】デホボ無敵ダヨ! モウ、ソノオ札ダッテ通用シナイ!』

「はは、そうかよ! [シン]!」

『ハイなのです!』


 それでも[シン]は[ジークフリート]に肉薄し、その身体に呪符を何枚も貼りつけた。


『【爆】! 【裂】!』

『アハハハハハハハハハ! 効カナイッテ言ッテルヨネ! 【グラム】!』


 [ジークフリート]が右手の剣を振り回し、[シン]に切りかかる。

 まあ、当たらないけど。


『クッ! 本当ニ厄介ナスピードダヨ!』


 それより……。


 俺は、チラリ、と向こう・・・を見やると。


「ハアアアアアアアアアアアアアッッッ!」

「これで終わりですワ! 【裁きの鉄槌】!」


 その巨大な身体を切り刻まれ、叩き潰されたヨルムンガントが、先輩とサンドラからトドメの一撃を食らった。


『ジャ……ジャアア……』


 ヨルムンガントは最後のうめき声を上げると、その巨体を全て幽子……いや、“ウルズの泥水”へと姿を変え、[関聖帝君]にその全てを吸収された。


「ぐ……っ!?」

「先輩!?」


 先輩が膝をつき、サンドラが慌てて駆け寄る。

 だけど……“シルウィアヌスの指輪”がある限り、吸収できる“ウルズの泥水”は半分。先輩は大丈夫だろう。


 さて……これで、準備は整った。


「立花……もう、終わりにするぞ」


 俺は、立花に向けて静かにそう言い放った。

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