第107話 お前とは、違う

「望月くん……待ってたよ……」

「立花……」


 第六十階層にたどり着くと、タロースの変わり果てた姿……大量のマテリアルを踏みつける、立花の姿があった。


「えへへ……ボク、この第六十階層まで、ソロで来れたんだよ?」

「お、おお……どうやらそうみたいだな……」


 嬉しそうにはみかむ立花とは対照的に、俺は思わず顔を引きつらせた。

 だけど、それも仕方ない。だって……立花はマテリアルを嬉しそうに何度も踏みつけてるんだから。


 というか。


「立花。マテリアルは売れば結構なお金になるんだぞ? そんなことしたら、もったいないじゃないか」

「あは、大丈夫だよ。だってボク、タロースはもう十体くらいは倒したから、マテリアルは余ってるんだ。今なら、一年中ゲーセンでキミと一緒にゲームをしてもお釣りがくるくらい」

「いや、一年もゲーセンに入り浸るって、どんな暇人だよ」


 などと、皮肉を込めてそう言うと。


「えへへ……ボク、かなあ……」


 立花は、頬をきながら苦笑した。


「オイオイ、冗談はよせよ。学園に来て勉強して、俺達と一緒に領域エリアに入ってるのに、どこに年中ゲーセン行く暇があるんだよ」


 俺は肩を竦めて立花の言葉を否定する。

 ……本当は、俺もなんとなく分かってはいる、けど。


「……ボク、ね……この学園に来る前、ずっと引きこもり、してたんだ……」


 立花は寂しそうに笑いながら、訥々とつとつと語り始めた。


 学園に転校してくる前……つまり、精霊ガイストが発現する前の立花は、引きこもりだったこと。

 それは、立花の容姿や態度から、いつも女扱いをされてイジメを受けていたことが原因であること。中には、立花が男だってことを知った上で、罰ゲームとして立花に嘘告するのが流行ったりしたらしい。


「……でも、アイツ等、ボクに精霊ガイストが発現したのを知った途端、態度を急に変えてきたよ。まるで、今までのことがなかったことになって、ボクをやたらチヤホヤするようになって……!」


 そう言うと、立花はギリ、と歯噛みした。

 でも、立花の気持ちも少し理解できる。

 俺も、精霊ガイストが発現した時は、当時のクラスの連中が俺をもてはやしたことを覚えてる、

 で、調子に乗ってた俺だけど、学園に来て鼻っ柱を折られて、馬鹿にされて、蔑まれて……。


「あはは、だからね? ボクはアイツ等にちゃんと分からせてやったよ? 『ボクを今まで馬鹿にしてきたくせに、ただで済むと思ってるの?』って」


 ……それって。


「……つまりお前は、精霊ガイストを使って、ソイツ等を痛めつけたってこと、か……?」

「あはは! 当然だよ! だって、アイツ等のせいでボクに居場所なんてなかった! 学校にも! 家にも! 自分の部屋と、ゲーセンだけがボクに残された居場所だったんだ!」


 そう言うと、立花の奴はニタア、と口の端を吊り上げた。


「望月くん……キミだって、ボクと一緒・・だよね……?」

「…………………………」

「だって、キミも前のクラスで精霊ガイストを“ゴブリン”だって馬鹿にされて、蔑まれて、居場所を失くしたんでしょ? しかも、あの加隈くんのせいで」


 ふうん……よく知ってるじゃん。

 というか、立花に余計なこと教えた奴は誰だよ。むしろソイツを問い詰めたい。


 だけど、コイツは少し思い違いをしてるな。

 少なくとも、俺と立花は一緒・・じゃない。


「……悪いけど、俺とお前は違うよ」

「違う? どうして? だって、キミもボクと同じように、周りから弾かれて、馬鹿にされて、居場所なんてなかったんでしょ? だったら……「いや、居場所はあったよ」……は?」


 俺は嬉しそうな立花の会話を遮るようにそう告げると、立花はキョトン、とした。


「俺には、確かに居場所はあった。俺はな……救われたんだよ」

「救われた……って?」


 立花が不安そうな表情を浮かべ、尋ねる。

 まるで、自分を捨てないでくれと、訴えかけるように。


 でも、俺は……俺達・・は、お前とは違うんだよ。


 だって。


「俺達には、桐崎先輩がいた。桐崎先輩が、俺達に居場所を……俺達がいる意味をくれたんだ」

「あは……どういうこと? 言ってる意味が全然分からないよ」

「じゃあ、ハッキリ言ってやる。確かに、お前が言うように、この学園に入学して、加隈や今はこの学園にいない木崎、悠木に蔑まれ、時には騙されてヒドイ目に遭ったさ。だがな……こんな俺達の可能性を信じてくれた、見守ってくれた女性ひとがいるんだ」


 そう告げると、立花は不愉快そうに視線を逸らした。

 俺の言葉を、まるで受け入れるつもりはないらしい。


 だけど、俺はもっと言わせてもらうぞ。


「それだけじゃない。サンドラは、俺のことを最初から対等に扱ってくれた。一-二で、俺が色々と揉め事を起こした直後であるにもかかわらずだ。しかも、俺という存在を、それまでの俺を含めて認めてくれた上で、だ」

「…………………………」

「だから……俺は、お前とは違う・・・・・・

「っ!?」


 俺の言葉を聞いた途端、立花は顔面を蒼白にして硬直した。

 それほど、立花にとって今の言葉はショックだったみたいだ。


「あ、あはは……そんなこと言ってるけど、キミだって精霊ガイストがゴブリンから[シン]になって、馬鹿にした連中を見返したんでしょ? だったら、このボクと何が違うっていうのさ……」


 乾いた笑みを浮かべながら、立花は認めないとばかりにそんな言葉を投げ掛ける。


 その時。


「いや、望月くんと君では、明らかに違う」

「そうですわネ」

「っ!?」


 先輩と、サンドラが通路の陰から現れた。

 そして立花は息を飲むと、俺をキッ、と睨む。

 悪いな……だけど、俺は一人で行動するほど馬鹿じゃない。


 昨日の夜、俺は先輩とサンドラに電話して頼んでおいた。

 立花に悟られないように、俺の後をついて来て欲しい、と。


 二人は、何一つ理由を聞かずに、快く引き受けてくれたよ。

 これこそが……俺が今まで築き上げてきた、俺の居場所・・・・・だ。


「桐崎、先輩……サンドラさん……」

「望月くんは、確かに前のクラスで理不尽な扱いを受けていた。それは認めよう。だがな、望月くんは決して腐ったりしなかった、諦めなかった。彼は……望月くんは、いつだって前を向いていた」

「エエ……それだけじゃないですワ。いつだって、周りを気遣っテ、支えてくれテ、微笑んでくれテ……ヨーヘイは、自分も、自分以外も、全部大切にしてくれる……そんな、素敵な男の子ヨ」


 先輩……サンドラ……。


「立花クン……ヨーヘイを、アナタと一緒にしないデ」

「そうだな。それこそ、望月くんに失礼だ」


 さらに追い打ちをかけるように、先輩とサンドラは立花に言い放った。


『マスター……[シン]もそう思っているのです。マスターは、いつだって優しい、[シン]の世界一大好きなマスターなのです』

「[シン]……」


 はは……俺は、本当に幸せ者だ。

 どこの世界に、こんなに俺の事を見てくれる人がいるってんだよ……!


「あ、あはは……」

「……立花?」

「あははははははははははは! なんだよ! ボクのこと一緒・・だって、本当の友達・・・・・だって認めてくれたくせに! 結局キミも、アイツ等と一緒だったんだ!」


 立花は狂ったように腹を抱えてわらい出す。


『ダッタラ! ……ダッタラ、キミモアイツ等ト同ジ目ニ遭ワセテヤル! ボクヲ……ボクヲ、裏切ッタダヨ!』


 そう叫ぶと、立花の瞳が……黒く染まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る