第92話 信頼する二人との電話

「フウ……疲れましたワ……」

「エエ……そうネ……」

「…………………………」


 何故か、疲れた様子のサンドラとプラーミャ、そして、ムスッとした表情を浮かべた立花が扉から出てきた。

 というか、立花はともかく、既にこの“グラハム塔”領域エリアを踏破したサンドラや同じ実力があるプラーミャが、ここまで疲労しているだなんて……。


「み、みんなお疲れ様……ところで、何かあったのか?」


 俺は心配になり、サンドラ達にそう尋ねた。


「……ヨーヘイには後でお話しますワ……」

「…………………………(チッ!)」


 サンドラは俺を一瞥だけして、その場にへたり込む。プラーミャに至っては、忌々し気に俺に舌打ちしやがった。

 ほ、本当にどうしたんだよ!?


 仕方ないので、俺はススス、と立花のそばに寄ると。


「な、なあなあ……あの二人、一体どうしたんだ……?」

「……別に、何でもないよ」


 俺は立花に耳打ちするが、立花まで珍しく不機嫌そうに顔を背けた。

 ええー……俺、何かやらかした? ……って、俺達は別行動してたんだし、そんなわけないか。


「ふむ……みんな、一体どうしたのだろうな」

「先輩……」


 先輩は俺のそばに来ると、心配そうな表情を浮かべる。

 もちろん俺も、この状況に絶賛混乱中だ。


「……俺が来たせい、だよな……」


 すると今度は、加隈がポツリ、とそう呟いた。


「イヤイヤ、お前を呼んだのはこの俺だろ。だったら、誰の責任かっていえば、当然俺だ。だから、お前はいちいちそんなこと気にするなよ」

「望月……お前、こんなにいい奴だったんだな……! なのに、俺……俺……!」

「わ!? ちょ!? こんなところで泣くなバカ!」


 感極まった加隈は号泣しだすし……もう、俺にどうしろって言うんだよ……。


 ◇


『……ということなんですノ』


 サンドラの疲れた声が、電話の向こうから聞こえる。


 あれからすぐに解散した俺達は、それぞれ暗い雰囲気のまま帰路についた。

 俺も家に帰って風呂から上がった後、サンドラに今日のことについて電話で教えてもらったところだ。


 要は、プラーミャが俺の悪口を言ったことに、立花が腹を立てたことが発端らしい。

 まあ、プラーミャからしたら俺の悪口なんか日常茶飯事だし、いちいちそんなことを立花に言われてもなあ、ってところなのかなあ。

 で、そんな二人をたしなめていたサンドラは、余計に疲れてしまったと。


「……なんか、俺のせいで大変だったみたいだな。悪い……」

『な、何を言ってますノ! ヨーヘイは全然悪くないじゃなイ!』

「いや、だけどさあ……コレって、結局は俺が加隈の奴も一緒に攻略させることにしたことが原因だろ? だったら……」

『バカなことは言わないデ! とにかく、ヨーヘイは何も間違ってませんワ!』


 俺が謝ると、逆にサンドラにたしなめられてしまった。


「はは……サンキュー、サンドラ」

『フフ……でしたらまた今度、この埋め合わせをしてくださいまシ』

「おう! 任せろ!」


 それからしばらく雑談をしていると、サンドラはすっかり機嫌が良くなり、最後は嬉しそうに電話を切った。


「ふう……」


 それにしても。


「立花って、意外と頑固だよなあ……」


 オマケに、ちょっと俺に対して執着しすぎっていうか、依存してるっていうか……うん、なんか怖い。

 しかもアイツ、一応は男だけど……仕草といい態度といい、女子のソレだし……。


「まあ、本人もそれは気にしてるみたいだし、俺もなるべく気をつけてはいるんだけどな」


 とはいえ、今日みたいなことにならないように気をつけないと……って。


「[シン]?」

『はう! 労働の後のアイスは最高なのです! 格別なのです!』

「そ、そうか、良かったな……」


 [シン]の奴は、疾走丸を飲んだご褒美であるアイスを頬張り、ご満悦である。

 本当ならルフランのジェラートだったんだけど、今日はすっかり遅くなっちまったせいで、コンビニのアイスで勘弁してもらった。

 とはいえ、アイスを三つもねだられたけど……いや、マテリアルを売った金があるから全然いいんだけどな。


 すると。


 ――ピリリリリ。


「ん? 電話……って、先輩?」


 俺は慌ててスマホを取り、通話ボタンをタップする。


「もしもし」

『あ……うむ、そ、その、桐崎だが……』


 あはは。先輩、なんだか緊張してるなあ。


「先輩、どうしたんですか?」

『あ、いや、その……ふふ、少し君の声が聞きたくなってな』

「はえ!?」


 先輩の予想外の答えに、俺は思わず変な声を出してしまった。


『ふふ、そんな声を出してどうした?』

「あ、い、いえ……」


 うう、先輩の言葉のせいで顔が熱い。

 一方で、先輩はといえばどこかイタズラが成功したかのような、そんな嬉しそうな声色だった。


『まあ、望月くんもいつも私に意地悪するから、たまにはお返しだ』

「そんなあ……」


 なんて情けない声を出したものの、本当は先輩とこんなやり取りをしていることが嬉しくて仕方ない。なので、こんな可愛いイタズラ、いくらでも受けますとも。


『ふふ……では、そろそろ本題に入ろう。以前から君に頼まれていた、彼女……“悠木アヤ”との面談について、“GSMOグスモ”から許可が出た』

「っ! ほ、本当ですか!」

『ああ……お父様が言うには、明日でも面会可能ということだが……どうする?』


 明日……は、土曜日か。

 今のところ、二周目特典である五つの領域エリアの一つを確認しに行こうって考えてただけだから、悠木の面会に行く余裕はある。


 ……いや、今日のことがあった以上、悠木の面会は最優先にするべきだ。


「……先輩、でしたら明日、早速悠木に面会したいんですが」

「ふふ、君ならそう言うと思って、既にそのつもりで向こうには伝えてあるよ」


 はは、さすが先輩。俺のことなんて、何でもお見通しだな。


「ありがとうございます。じゃあ、明日……もちろん、先輩も一緒に来てくれますよね?」

「当然だとも。君が言い出さなくても、ついて行くつもりだったよ」

「あはは……本当に先輩は……最高、ですよ」

『あうあうあう!? も、望月くんは……せっかく今日は私の勝ちだと思ったのに……』


 悔しそうにしながらも、どこか嬉しそうな先輩の声。


 俺はその声を、わざと無駄な雑談で引き伸ばして、時間の許す限り堪能した。

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