第91話 俺の精霊(ガイスト)

「もう……いっそ俺を殺せええええ……」


 “グラハム塔”領域エリアから出ると、魂の抜けた加隈が、ブツブツと呟きながら扉の前で横たわっていた。

 大袈裟な……と言いたいところだけど、確かに今日の先輩の指導は厳しかった。いや、加隈はよく耐えたと思う。


「……お疲れ」

「うう……望月い……!」


 俺はポン、と加隈の肩を叩いてやると、加隈の奴、涙を流し始めやがった。

 だが残念だな、男の涙に需要はない。


「ふふ、今日は時間も短かったからあの程度しか指導できなかったが、来週からはもっと厳しくいくぞ」

「ヒイイ!?」


 先輩の何気なくも痛烈な一言に、加隈は流す涙もピタリ、と止まり、ただ悲鳴を上げた。

 それにしても。


「なあ加隈、今日一日で精霊ガイストのレベル、結構上がったんじゃないか? ちょっと見せてみろよ」

「ヒイイ……って、[トリックスター]のか?」

「ああ」


 尋ねる加隈に俺は頷くと、先輩もこちらに近づいてきた。


「ふむ、そうだな……来週からの指導方針にも関わってくるから、加隈くん、ステータスを確認させてくれ」

「は、はいい……」


 よほど先輩が怖いのか、加隈は震えながらガイストリーダーを取り出した。というか失礼な。

 先輩は天使……いや、女神なんだぞ?


 まあいいや。俺と先輩は、ガイストリーダーの画面を見ると。


 —————————————————————

 名前 :トリックスター

 属性 :道化師(♂)

 LV :16

 力  :D+

 魔力 :C+

 耐久 :C

 敏捷 :C

 知力 :C

 運  :F

 スキル:【ダブルリフト】【バニッシュ】

【パーム】【フォース】【フラリッシュ】

【ミスディレクション】【火属性耐性】

【雷属性弱点】【光属性弱点】

 —————————————————————


 うん、ステータスそのものはパッとしないけど、スキルの多さだけはすごいな。

 まあ、精霊ガイストの名前が[トリックスター・・・・・・・]って言うくらいだし、それも頷けるけど。


「ど、どうっすか……?」


 加隈は、おそるおそる先輩の顔色をうかがう。


「うむ、今日の君の戦いぶりを見ていても気づいたが、少しスキルに頼り過ぎているきらいがあるな。もちろん、手数が多いことに越したことはないが、何か一つ、自分にとって拠りどころとなるものがあると、戦い方にも幅ができて、強くなれるはずだ」

「! ホ、ホントっすか!」


 先輩の言葉が嬉しいのか、加隈は満面の笑みを浮かべる。


「ああ。来週からは、その辺りを重点的に指導しよう。ふふ、なあに、すぐに立花くん達と一緒に、“グラハム塔”領域エリアを攻略できる実力まで押し上げてやるとも」

「は、はい! よろしくお願いします! 師匠・・!」

「はあ!? 師匠だって!?」


 加隈の放った言葉に、俺は不満の声を上げた。

 というか、ほんのちょっと先輩に指導してもらったくらいで、師匠と呼ぶのはまだ早いだろ!


「ダ、ダメだからな! 先輩はお前の師匠なんかじゃないから! 先輩は俺の・・だ!」

「ハ? 何言ってやがるんだよ! むしろこんなに短い時間で、[トリックスター]のレベルが六も上がったんだぞ! これを師匠と呼ばないでなんて呼べっていうんだよ!」

「ウルセー! とにかく、俺は絶対に認めないからな!」


 俺が加隈と取っ組み合いのケンカに発展しそうになった、その時。


『【縛】』

「「ハ?」」


 突然、俺と加隈がもつれ合ったまま、動けなくなってしまった!?

 というか。


「[シン]!?」

『マスターも落ち着くのです! ハッキリ言って、嫉妬は醜いのです!』


 まさか、[シン]に呪符を貼られるとは思わなかった……って、イヤイヤ!? 俺は[シン]のマスターなんだぞ!? なんで俺を裏切るような真似をするんだよ!?


『大体、マスターは無自覚過ぎるのですよ。ホラ、あれを見るのです!』


 [シン]が指差す方向へと視線を向けると。


「あうあうあうあうあうあうあうあう……」


 ……先輩が、両手で真っ赤になった顔を覆いながら、クネクネと悶えていた。何コレ、超可愛いんだけど。


『そういうことなのです! だから、マスターは心配ご無用なのです!』


 何が心配ご無用なのかは分からないけど、まあ……確かに[シン]の言う通りだ。

 俺は、加隈に嫉妬したんだ。ひょっとしたら、先輩が取られちゃうんじゃないかって。


 ハア……全く……。


「[シン]……俺が悪かったよ……」

『分かればいいのです! そして、お詫びとして[シン]にアイスをおごるのです!』

「プ……あはは、何だよソレ!」


 エッヘン、と鼻高々に胸を張る[シン]。

 俺はそれを見て、思わず笑ってしまった。


 そして[シン]が俺達の身体の呪符を剥がすと、ようやく自由になった。


 すると。


『……でも、[シン]は精霊ガイストなのに、マスターにひどいことをしたのです……だから、叱って欲しいのです……』


 [シン]は打って変わって、シュン、とした表情を浮かべながら深々と頭を下げる。

 ……本当にコイツは……!


『わっ!?』


 俺は[シン]の頭をガシガシと乱暴に撫でた。


「はは、さすがは俺の精霊ガイストだよ。よく俺を叱ってくれた。これからも、もし俺が間違ってるって思ったら、遠慮なく言ってくれ。それが俺達、だろ?」


 そう言って、俺はニカッと笑顔を見せると。


『マスター……[シン]は、マスターが大大、大好きなのです!』

「わっと」


 [シン]が飛び込んできて、嬉しそうに俺に抱き着く。

 俺もそんな[シン]を抱きしめて、優しくその頭を撫でてやった。


 その時。


「フウ……疲れましたワ……」

「エエ……そうネ……」

「…………………………」


 何故か、疲れた様子のサンドラとプラーミャ、そして、ムスッとした表情を浮かべた立花が扉から出てきた。

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