第90話 加隈の指導と思い出話

「よう、待ってたぞ」

「…………………………」


 顔をしかめながらこの“グラハム塔”領域エリアの扉の前にやって来た加隈に、俺は声を掛けた。


「ここに来たってことは、お前も変わりたい・・・・・、ってことでいいんだよな?」


 昼休みの時と同じ言葉を、俺は加隈に投げかける。

 加隈の意志を、覚悟を問うために。


 すると。


「…………………………(コクリ)」


 加隈はゆっくりと、だけど強く頷いた。

 その瞳に、意志と覚悟をたたえて。


「はは……よっし!」


 俺は気合いを入れるため、パシン、と両頬を叩いた。


「おーい、みんな待たせた! 今日はほとんど時間がないけど、今から“グラハム塔”領域エリアに入ろう!」

「ふふ……ああ」

「モウ……しょうがないですわネ」

「……待ちくたびれたわヨ」


 先輩が微笑み、サンドラが苦笑し、プラーミャが口を尖らせる。

 だけど。


「……ボクは絶対に嫌だよ」


 立花だけは、加隈が同行することに反対のようだ。その瞳が、絶対に譲らないって俺にハッキリと告げている。

 まあ、それは朝の一件もあるから仕方ない、か……。


「分かった。なら、今日の攻略は二手に別れよう。プラーミャと立花はサンドラが、加隈は俺と先輩で引率する」

「っ!? そ、そんなの、初めからアイツを連れて行かなかったいいだけじゃないか!」


 俺のこの提案も気に入らないらしい立花は、珍しく俺に食って掛かってきた。


「いいかい、アイツはキミのことを馬鹿にしたんだよ! それだけじゃない! アイツは精霊ガイストを召喚して、攻撃してきたんだ! そんな奴と一緒にいたら、キミが背中から襲われるかもしれないじゃないか!」


 立花は、まるで俺を心配しているかのような口ぶりだけど……ウーン、何か違うような気がするんだよなあ……。

 何というかこう……ワガママを言っているような、駄々をこねているような、って言ったほうが近いかも。


「いや、お前が心配しているようなことはない。だって、俺達は加隈を鍛えるために領域エリアに入るんだ。だから幽鬼レブナントと戦うのは主に加隈だし、それに、先輩と俺、どちらか一方は常に加隈を見守っているんだからな」

「でも……だ、だったら! それこそアイツはサンドラさんやプラーミャさんと一緒に行けばいいじゃないか!」

「立花」


 俺は少し語気を強め、立花の名前を呼んだ。


「お前の言っていることは矛盾してるぞ。じゃあ何か? 俺が加隈に襲われるのは嫌だけど、サンドラやプラーミャならいいって言ってるのか?」

「そ、そういうわけじゃ……」


 俺の指摘に、立花はバツが悪そうに顔を背けた。

 だけど、俺はコイツにハッキリと言っておかないといけない。そうじゃないと、これから先、もっとひどい事態を招きかねないからな。


「それに、俺だって考え無しにこの組み分けにしたわけじゃない。サンドラの組にお前とプラーミャを入れたのは、二人がある程度領域エリアの攻略が進んでいるからってことと、プラーミャの実力はサンドラと変わらないからだ。逆に、加隈の今の実力は、俺達の中では数段落ちる。だから、先輩に引率してもらうんだ」

「…………………………」

「これが受け入れられないなら、当初の予定通り全員で攻略することになるが……どうする?」


 俺は唇を噛んで黙っている立花に、あえて選択肢を与えた。

 コイツ自身に選ばせたほうが、少しは納得感が得られると思ったから。


「……分かったよ。キミの言う通り、二手に別れることにする」

「そっか……」


 立花は、渋々と言った様子で受け入れた。

 だけど、やっぱり加隈の奴と一緒にいるのはどうしても嫌なんだな。


「みんな、遅くなってゴメン! それじゃ、行こう!」


 俺の言葉に全員が頷き、俺達は今度こそ“グラハム塔”領域エリアの中に入った。


 ◇


「そこ! 対応が遅れているぞ!」

「ヒ、ヒイイ!」


 “グラハム塔”領域エリアの第十二階層まで来ると、加隈の奴は早速先輩にしごかれ、加隈は悲鳴を上げながら幽鬼レブナントに突貫していた。

 まあ、今まで色々とサボっていたツケが来たと思って諦めるんだな。


「先輩、アイツはどうですか?」

「ん? まあ、確かにレベルは低いが、元々の精霊ガイストの能力は高いようだし、鍛えれば大丈夫だろう」

「そうですか」


 まあ、元々は主人公の仲間キャラだしな。チクショウ。


「た、倒しました……」

「うむ。では次は、あそこにいる幽鬼レブナント三体を倒してくるんだ」

「は、はい! うおおおおおおお!」


 先輩の有無を言わせない指示に、加隈は悲壮な表情でストーンウルフに突っ込んで行った。


「それにしても……ふふ」

「? 先輩、どうしました?」


 突然クスクスと笑う先輩を不思議に思い、俺は尋ねた。


「ああいや……ホラ、覚えていないか? 君があの木崎セシルの罠でこの領域エリアの第二十一階層に閉じ込められた時のことを」

「あ……」


 そういえば、あの時は俺と[ゴブ美]は必死で瓦礫を取り除いて下の階層へと降りて、そして、ストーンウルフに襲われそうになったところを先輩に助けてもらったんだ。


 ちょうど、この通路で。


「あの時は本当に心配したぞ?」

「あ、あははー……ですが、先輩の姿を見た時、本当に嬉しかったのを覚えてます。他の誰でもない、先輩が来てくれたことが」

「あう!? ふ、ふふ、そうか……」

「はい」


 俺達は加隈が必死になって幽鬼レブナントと戦っている中、あの頃の思い出話に花を咲かせていた。

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