第93話 街はずれの更生施設

「先輩!」


 朝九時半、俺は待ち合わせ場所の駅前に来ると、既に桐崎先輩が待っていた……って、約束の時間は十一時だぞ!?


「あ……うむ、望月くん、おはよう」

「おはようございます!」


 俺は元気に挨拶する。そして、次からは約束時間の二時間前に来ようと心に固く誓った瞬間だった。


「ふふ……では行こう。“カナエ”さん」

「はい、お嬢様」

「カナエさん? ……って、うあ!?」


 気がつくと、いつの間にか先輩の家のメイドさんである“カナエ”さんが、俺の背後にいた。

 え!? ど、どういうこと!?


「ん? ああ、彼女……悠木アヤがいるところは、少し離れているのでな。カナエさんに車を出してもらうことにしたんだ」

「そ、そうですか……」


 先輩の説明に俺は頷く。


「ふふ、それにカナエさんは車だけでなく、飛行機やヘリコプター、船舶と、あらゆる乗り物の免許を持っているぞ?」

「ほ、本当ですか!?」


 俺は驚きの声を上げながら自慢げに語る先輩と、なお澄ました表情で控えるカナエさんを交互に見ると……あ、何気にカナエさんの口の端が少し上がってる。


「お嬢様、望月様もお越しになられましたので、そろそろ……」

「うむ、そうだな……では、行こうか」

「はい!」


 ということで、俺達はカナエさんの運転する車で悠木のいる施設へと向かった。

 もちろん、車は黒塗りの高級外車だ。相変わらず革張りのシートには慣れない。


「あ、そうだ。先輩、悠木との面会が終わったら、ちょっと行きたい場所があるんですが付き合っていただいてもいいですか?」

「行きたい場所? ああ、別に構わないぞ」

「ありがとうございます!」


 走る車の中で先輩に同行をお願いすると、先輩は快諾してくれた。

 よし、先輩にも一緒に来てもらえることになったぞ。

 あと、サンドラとプラーミャは……うん、今度でいいか。


「それで……望月くんは彼女に会って何を話すつもりなんだ?」

「そうですね……とりあえずは、なんであんな真似をしたのか、もっとちゃんと聞いておきたいんです。そうでないと、俺自身納得できそうにないですから」


 先輩の問い掛けに、俺はそう答えた。

 そう……俺はいまだに腑に落ちていない。

 特に、悠木が何度も言った『元通り』って言葉……あれがどういう意味なのか聞かないことには。


「そうだな……私も、あの時のことをまだ許せそうにないからな。彼女から理由を聞ければ、少しは受け入れられるかもしれん」

「先輩……」


 先輩のその言葉に、俺は胸がかあ、と熱くなった。

 だって、先輩はそれだけ俺のことを大切に想ってくれているってことだから。


「お嬢様、望月様、見えました。あの建物が、目的の場所です」

「あれが……」


 カナエさんの言葉に、俺は窓の外を眺めると……山の中腹に、ポツン、とある高い塀に囲まれた殺風景な白い建物。

 あれが、悠木が入っている施設、か……。


 あの建物は、精霊ガイスト使いが自分の精霊ガイストを悪用して罪などを犯した者を収容する施設だ。

 ここに収容された人達は、GSMOグスモが用意した更生プログラムを受けて社会復帰を目指す。

 とはいえ、比較的罪が軽い、もしくは更生の見込みがある人達が入るところだな。


 逆に、更生の見込みもなく、凶悪な犯罪者などはこことは別の施設に収容され、一生日の目を見ることがないらしい。

 それだけ、精霊ガイストの力は別格なのだ。


 俺達を乗せた車は、入口で職員によるチェックを受けた後、施設のゲートをくぐる。


「では、私はここでお待ちしております」

「うむ、カナエさんありがとう」

「ありがとうございます!」


 カナエさんと別れると、俺と先輩は施設の人に案内されて面会室の前へと通された。


「しばらくここでお待ちください」


 俺達は面会室前のベンチに座り、呼ばれるのを待つ。

 何というか、その……緊張するなあ……。


 ――ギュ。


「あ……」

「ん……こ、こうすれば、少しは落ち着くぞ……?」


 顔を真っ赤にした先輩が、俺の手を握る。

 というか、俺の緊張をほぐそうとしてくれているのは分かるんだけど……先輩、むしろもっと緊張します。


 でも……。


「あ……ふふ……」


 俺は先輩のその手を握り返すと、先輩は頬を緩めた。

 先輩……ありがとうございます。


「面会の方、中へどうぞ」


 面会室の扉の上に付いているスピーカーから、呼び出しのアナウンスが流れた。


「先輩……行きましょう」

「うむ」


 俺と先輩は立ち上がり、ドアノブを回して扉を開ける。


 中には。


「悠木……」

「……久しぶりね」


 透明な仕切りの向こう側に、この施設の制服を着た悠木アヤが、椅子に腰かけていた。

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