第82話 領域見学

 昼休みが終わり、俺達は一旦教室に戻ってから初心者用の領域エリアに向かう。

 正直言って、プラーミャに関しては今さら見学する必要性は皆無なんだけど、立花はまだ領域エリアそのものを経験したことがないんだから、当然、初心者用の領域エリアからだ。


「ふふ、来たな」

「先輩! お待たせしました!」


 既に初心者用の領域エリアの扉の前に来ていた桐崎先輩の元へと駆け寄る。


「では、早速中に入ろう」


 俺達は扉をくぐり、領域エリア内へと入った。


「ふああああ……!」


 初めて見る領域エリアの内部に、立花が感嘆の声を漏らす。


「ええと……立花くん、せっかくなので君の精霊ガイストを見せてもらえるか?」

「はあ……」


 先輩は少し遠慮がちに立花にそう言うと、立花は少し不機嫌そうに返事をした。

 というか、いつまで寝に持ってるんだよ。


「[ジークフリート]、おいで」


 すると、立花に召喚された[ジークフリート]がその姿を現した。

 [ジークフリート]は精悍な顔つきで、背が高くたくましい姿をしており、その全身に黄金のうろこのような甲冑を身にまとっていた。

 これが……真の主人公が使役する精霊ガイスト、か……。


 この時の俺は、多分嫉妬していたんだと思う。

 もちろん、[シン]……いや、[ゴブ美]が俺の精霊ガイストであったことに何の不満もない。いや、むしろ[ゴブ美]で本当によかったと、心からそう思っている。


 だけど……主人公とクソザコモブでは、ここまで差があるのかと、その理不尽な設定には、どうしても納得できない自分がいて、俺は悔しさで唇を噛んだ。


 ――ポン。


「あ……せ、先輩……」

「ふふ……もっと胸を張れ。君達だって、何一つ負けてないじゃないか」


 そう言うと、先輩はニコリ、と微笑んだ。

 先輩……先輩はどうして、そんなに俺のこと、見てくれるんですか……気づいてくれるんですか……。

 本当に、先輩は……最高過ぎですよ。


「はい!」

「うむ、それでいい」


 俺は先輩に返事をして、グイ、と胸を張ると、先輩は嬉しそうに頷く。


 そして、そんな先輩を見つめる俺の視界の端に、不機嫌そうな表情を浮かべる立花の姿があった。


 ◇


「うむ、初心者用の《エリア》はこれくらいにして、次は“グラハム塔”領域エリアへと向かおう」

「「「「はい!」」」」


 先輩の指示の下、俺達は初心者用の領域エリアを出て、今度は“グラハム塔”領域エリアに入った。


「さて……では、この第一階層は立花くん一人で幽鬼レブナントと戦ってみるんだ」

「ええ!? ボ、ボク一人でですか!?」


 先輩の指示に、立花は驚きの声を上げる。


「そうだ。先程の初心者用の領域エリアでの君の戦いぶりを見たが、それだけの実力ならばこの第一階層は君一人でも充分戦えると判断した。なあに、いざとなれば私達もいるのだから、存分に戦うといい」


 確かに、先輩の説明通り立花と[ジークフリート]の初心者用の領域エリアでの戦いぶりは圧巻だった。

 たとえ初心者用の領域エリアとはいえ、レベル一であるにもかかわらず、ほぼ一撃でアッサリと仕留めていたからな。


「……分かりました」


 立花は不満げにそう告げると、幽鬼レブナントに攻撃を仕掛ける。

 すると、やはり先輩の見立て通り、幽鬼レブナントは立花の攻撃でアッという間に幽子とマテリアルへと変化した。


 でも。


「おい、立花」

「望月く……ん……?」


 俺が立花に声を掛けると、立花は一瞬ぱあ、と笑顔を見せるが、すぐに表情をこわばらせた。

 当然だ。多分、今の俺の顔はかなり険しいはずだからな。


「立花、先輩はお前のことを思って、お前の実力に見合った指導をしてくれている。それは、たった今幽鬼レブナントを倒したお前自身も分かっているだろう?」

「…………………………」

「だったら、いつまでも朝のことを根に持ってないで、いい加減、ねるのはやめろよ」

「べ、別にボクはねてなんか……」


 俺が指摘すると、立花は気まずそうに視線を逸らした。


「いいか。ここにいる連中の誰もが、お前のことを女子だなんて思っちゃいない。それどころか、お前にはそんな立派な精霊ガイストだっているんだ。だから、そんなこといちいち気にするな」


 そう言うと、俺は立花の背中をバシン、と叩いて笑った。


「プ……あはは、本当に君って優しいね」

「優しい? 俺が?」


 ハテ? 俺が立花に、何か優しいことでもしたエピソードがあったか? いや、ないな。


「あは……そういうところ、だよ」

「?」


 ウーム、ますます分からん。


「よーし! じゃあ、ボクもドンドン幽鬼レブナントを倒すから、その……ちゃんと見ててよね!」


 立花ははにかむと、また幽鬼レブナントへ突っ込んで行った。

 今度は、嬉しそうにしながら。


「……変な奴」


 俺はポツリ、と呟くと。


「ネ、ネエ、ヨーヘイ……そノ……」


 サンドラが俺のそばに来て、おずおずと尋ねてきた。


「? どうした?」

「エ、エエト……立花くんって、男の子、ですわよネ……?」

「そうに決まってるだろ!」

「そ、そうですわよネ! ワ、ワタクシも何言ってるんだカ……」


 俺はサンドラの問い掛けを強く否定したけど……スマン、俺も一瞬、立花が女の子じゃないかって思っちまったのは内緒だ……。

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