第79話 プロローグ

 今日は八月三十一日。

 いよいよ、明日から二学期が始まる。


 俺はそんな夏休み最後の日に、学園にある初心者用の領域エリアに一人で来ていた。


『マスター、こんなところに来てどうするのです?』

「ん? ちょっと確かめたいことがあってな」


 [シン]にそう言って例の部屋で“ぱらいそ”領域エリアの扉を出現させると、その扉をくぐった。


「はは、なんだか久しぶりに来た気分だな」


 [ゴブ美]から[シン]へとクラスチェンジした後、俺達はここに一度も来ていなかった。

 というのも、それから先は“グラハム塔”領域エリアと“アルカトラズ”領域エリアの踏破を最優先にしていたからだ。


 俺達は慣れた様子で奥へと進んでいくと……いつもの十字路に、あの“クイーン・オブ・フロスト”がいた。


『ど、どうしてアイツがいるのです!? アイツは関姉さまが倒したはずなのです!』

「落ち着け……まあ、所詮はあのクイーン・オブ・フロストも、数いる幽鬼レブナントと同じなんだろうな」


 そう、一応居場所こそ固定化されているが、普通にエンカウントする幽鬼レブナント同様、この領域エリアでは雑魚扱いなんだろう。

 だから、領域エリアから出てしまえば、リポップしていてもおかしくはない。


 でも……俺は、それが知りたかった。


「よし。[シン]、いつものように・・・・・・・やり過ごすぞ」

『ど、どうしてなのです? もう[シン]は、前の[シン]じゃないのです! 今の[シン]なら、アイツだって……「[シン]」……分かったのです……』


 [シン]は戦うと主張するが、俺はそれをたしなめる。

 ハッキリ言ってしまえば、向こうがレベル八十なのに対し、[シン]のレベルは五十一。たとえ[シン]にこのレベル差を補うほどの能力があるのだとしても、それがアイツに勝てるという理由にはならない。


「……アイツと戦えるようになりたいんだったら、今よりももっと強くなるしかないんだ」

『……ハイなのです』


 俺の言葉に、[シン]は悔しそうに唇を噛んだ。

 だけど[シン]、悔しいのは俺だって同じだ。


 だから……一緒に強くなろう。

 今よりも、もっともっと。


 さらに先に進むと、例の行き止まりにたどり着く。

 見ると、[関聖帝君]によって崩された壁や天井は、すっかり元通りになっていた。


 後は。


「頼むから、上手く現れてくれよー……」


 隠し木箱を出現させるための床の仕掛けの上に、俺は拳大の石を置いた。

 すると……例のごとく、疾走丸の入った隠し木箱が現れた。


「っ! よし!」


 嬉しくなり、俺は思わずガッツポーズをする。

 あの時、クイーン・オブ・フロストをここに閉じ込めたが、このバグ自体は発動したままにしていた。

 つまり……あのクイーン・オブ・フロストがリポップされていつもの場所にいるんなら、この仕掛けのバグも、無かったことになってるんじゃないかって踏んだんだけど……その読みが当たった。


「さあ[シン]! 疾走丸を飲み込むんだ!」

『はうう……どうしても、なのですか……?』

「もちろんだとも!」


 俺は木箱の中から疾走丸を取り出して[シン]に差し出すと、[シン]は露骨に顔をしかめた。よっぽど口に入れたくないらしい。


『シ、[シン]はもう一番速いのです! “SSS”なのです! これ以上は速くなれないのです! ……なのに、まだ疾走丸を飲み込むのですか……?』

「そうだ……なあ[シン]、お前の『敏捷』ステータスの“SSS”は、本当なら存在しない値なんだ」

『…………………………』

「お前の言うように、疾走丸を飲んだところで、これ以上速くなんてならないかもしれない。意味のないことなのかもしれない。でも」


 俺は不満そうに眉根を寄せる[シン]の瞳をジッと見つめる。


「ひょっとしたら、その先だってあるのかもしれない。その、“SSS”のように」

『……マスターは頑固なのです』

「はは……悪いな」


 [シン]は俺から疾走丸を受け取ると、コクリ、と飲み込んだ。


『はうう……やっぱり不味いのです……』

「まあそう言うな。とにかく、これから毎日、疾走丸を最低十個は飲んでもらうぞ」

『はうはうはうううう……』

「……褒美として、ルフランのジェラートでどうだ?」

『はう! 十個でも二十個でも疾走丸を持ってくるのです!』


 ……アイスで釣られる精霊ガイストって一体……。


 ◇


「さて……いよいよ、だな……」


 ベッドに寝転がり、スマホに表示されている『まとめサイト』を眺めながら、俺はポツリ、と呟いた。


 明日……うちの学園に転校生がやって来る。

 その転校生こそ、『ガイスト×レブナント』の真の主人公であり、俺の天敵となる人物だ。


「本当なら、ソイツの名前も分かればいいんだけどなあ……」


 そう、ゲームの主人公らしく、その名前はプレイヤーが決定する仕様になっていた。

 とはいえ、一-二に転校してくることは確定だから、別に気にする必要はないんだけど。


「それより、俺はクラスそのものが変わってしまったけど、やっぱり主人公と戦うことになるのかなあ……」


 ウーン……まあ、今の[シン]なら、転校直後でレベルも低い主人公相手に負ける要素は何一つないけど、それでも、油断しないに越したことはない。

 なにせ、主人公が使役する精霊ガイスト……[ジークフリート]はチートだしなあ……。


「ハア……まあ、これ以上考えてもしょうがない。なるようになるだろ……」


 俺はスマホを放り投げ、目をつむった……けど。


「ね、寝れない……」


 ダメだ……明日のことが気になって目がさえまくってる。


『ムニャムニャ……』


 そんな中、[シン]の奴はこれ見よがしに気持ちよさそうに眠ってやがるし……いっそのこと、コイツも無理やり起こしてやろうか。


「まあ、それでも俺がするべきことには変わりないけどな」


 そうだ。主人公がいようがいまいが、クソザコモブなボスキャラとして戦うことになろうが、俺がしなきゃいけないことはソレじゃない。


 俺がするべきことは……俺と[シン]が強くなって、桐崎先輩を救うこと。

 そのためには、九つの柱の守護者を全員倒しつつ、不幸な結末の元凶である、先輩の中に施されたを取り除かないといけない。

 そして……。


「おっし!」


 俺は気合いを入れるため、パシン、と両頬を叩いた。


「主人公め……来るなら来やがれ! この俺が返り討ちにして、そして、先輩とハピエンを迎えてやる! 全部ひっくるめて、こんなゲームのシナリオなんか、ひっくり返してやるよ!」


 深夜の部屋の中、俺は天井に向かって拳を高々と突き上げた。


 ◇


「か、母さん、何で起こしてくれなかったんだよ!」

「何言ってるの。いつも自分で起きてたじゃない。それに、起きられなかったのは夏休みボケのせいでしょ?」


 チクショウ、そう言われるとぐうの音も出ない。

 とにかく、急いで準備しないと先輩を待たせることになっちまう!


 慌てて歯磨きと洗顔だけ済ませ、俺は朝食も取らずに家を飛び出した。


「ハア……ハア……!」


 よ、よし、このペースなら何とかいつもの時間に間に合いそうだぞ……!

 俺は必死で走りながら、先輩の待つ十字路を目指す。


 その時。


 ――ドン。


「おわっ!?」

「ふあ!?」


 路地から出てきた誰かとぶつかり、俺は思わずよろめいた。


「す、すいません! 大丈夫でしたか!?」

「あ……う、うん、ボクは大丈夫です……」


 慌てて声を掛けると、ぶつかって倒れた人はゆっくりと身体を起こした。

 というか、うちの学園の制服だな。その割には、なんだか真新しいように感じるけど……。


「ホラ、つかまって」

「あ、ありがと……」


 向こうも同じ制服だと分かってホッとしたのか、その表情が少し和らいだ。


 で、俺はあえて問いたい。コイツ……本当に、なのか?

 というのも、確かに着ている制服は男性用のソレなんだけど、尻尾みたいに長い黒髪を束ね、女の子と見間違うほどの端正な顔立ち、少し低めの身長とぶつかった時に感じた、その華奢きゃしゃな体つき。

 どれをとっても、女の子みたいなんだけど……。


「とりあえずぶつかったこと、謝らせて欲しい。俺は一-三の“望月ヨーヘイ”って言うんだ。本当にゴメン」

「う、ううん! ボクだってちゃんと前を見なかったからぶつかったわけだし、ボクのほうこそゴメン。ボクは“立花アオイ”、今日から国立アレイスター学園に通うことになった、キミと同じ一年生なんだ!」


 …………………………は?


 今、コイツなんて言った?

 今日から学園に通う、一年生だってえええええ!?


「えへへ、よろしくね!」


 ソイツ……立花アオイがはにかみながら、ス、と右手を差し出した。

 だけど、そうか……コイツが……。


 だったら。


「ああ……これから・・・・よろしくな!」

 

 俺は立花アオイの右手をガッチリと握ると、不敵な笑みを浮かべた。


 ――これが、『ガイスト×レブナント』の真の主人公と、その主人公が最初に戦うクソザコモブとの、最初の出会いだった。

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