第78話 プールへ行こう②
「アハハ! ヨーヘイ! 気持ちいいですわネ!」
「あうあうあう!? そ、そんなに早く行かないでくれえええええ!?」
プールの中で嬉しそうにはしゃぐサンドラに対し、桐崎先輩は泣きそうになりながら必死で俺の手を握っていた。
……まさか、先輩が泳げないだなんて。
「ホ、ホラ先輩、プールの
「イ、イヤだ! 君の手を離してしまったら、私は溺れてしまうではないか!」
いや先輩……ここ、足がつきますから。
「フフ、せっかくですから、泳ぎ方をお教えしましょうカ?」
「う、うむ……だ、だが、私はこれまで色々と指導を受けてきたが、一度たりとも泳げるようになったことはないのだが……」
「ソ、ソウですカ……」
サンドラの申し出に、先輩はおずおずとそう告げると、サンドラは乾いた笑みを浮かべた。コイツ、教えるのを諦めやがったな。
「え、ええとー……じゃあ、俺とサンドラの二人でお教えしますので、せめて
「っ! 浮く、だと……! それは、顔を水につけなくても大丈夫なのか!?」
「あー……そこからですかー……」
うん、小学一年生レベルからの指導が必要だな。
俺とサンドラは顔を見合わせて頷き合うと、とりあえずプールから出ることにした。
「じゃあ、アッチの子ども用の浅いプールに移動しましょうか」
「う、うむ! それなら……!」
俺の提案に、先輩は心から安堵した表情で胸を撫で下ろした。
……[関聖帝君]の【水属性弱点】は、これが原因なのかもしれないなー……。
◇
「そうです! そのままバタ足を続けてください!」
「う、うむ! 分かったぞ!」
小学生以下が入る子ども用のプールで、俺は先輩の手を引きながらバタ足の練習をしていた。
最初はあんなに水を怖がっていた先輩も、今ではしっかりと顔をつけて息継ぎもできるようになっている。うう、進歩したなあ……。
「ど、どうだった?」
「エエ、しっかりと身体も浮いていましたし、これなら大人用のプールに移っても大丈夫ですわヨ!」
「そ、そうか!」
サンドラのお墨付きをもらい、先輩が嬉しそうにはしゃいた。
そして、そんな俺達の光景を不思議そうに眺めるちびっ子と保護者達。そろそろいたたまれなくなってきた。
「じゃ、じゃあ二人とも、そろそろ移動……の前に、お昼にしようか」
「賛成ですワ!」
「うむ! 私もお腹がペコペコだ!」
そうですね、先輩が一番カロリー消費しましたからね……。
ということで、俺達は売店に行って各々食べたいものを買い込む。
『マスター! [シン]はアイス一択なのです!』
「分かった! 分かったから出てきちゃダメ!」
興奮する[シン]をたしなめ、とりあえず引っ込めると……ウーン、俺は定番のたこ焼きにでもしよう。これなら先輩達ともシェアできるし。
んで、[シン]はアイスって言ってたけど……せっかくだしかき氷にしてやろう。
「すいませーん、たこ焼き一つとかき氷一つください」
「ハイ! 八百円です!」
俺は店員さんにお金を支払って、たこ焼きとかき氷を受け取ると、先輩達と合流……って!?
「ねえねえ、せっかくだし俺達と一緒に遊ぼうヨ! ネ?」
「……目障りだ」
「ねー、そんなこと言わずにさあ」
「フフ……今なら見逃してあげますかラ、とっとと失せるのですワ!」
見ると、先輩とサンドラがチャラい二人組の男達にナンパされていた。
ああー……ちょっと離れただけでこれかあ……。
「先輩! サンドラ! お待たせ!」
「ッ! ヨーヘイ! 遅いですわヨ!」
「ふふ……では行こうか」
俺はわざとらしく大声で二人を呼びながら駆け寄ると、二人は、ぱあ、と笑顔を浮かべた後、男達を完全に無視して俺の
「オイ! いきなり出て来てなんだオメー!」
「調子こいてんじゃネーゾ?」
うわあ、まさにお約束のテンプレで絡んできたぞコイツ等。
「……何だ? 貴様等は
「「う……」」
先輩がギロリ、と睨むと、男達は一瞬たじろぐ。
ですが先輩、その言葉は少し語弊があるように思います。いや、嬉しいんですけどね。
「ソウヨ!
そしてサンドラよ、先輩に続いてお前もか。
「ほ、ほら二人共、早く行きましょう!」
「むむ……」
「モウ……」
これ以上揉め事になっても困るので、二人を促してその場を離れようと……って。
「待てよ!」
「女の前だからって調子コイてんじゃねーゾ! コラ!」
肩をつかまれて無理やり引っ張られ、スゲー至近距離で睨んできやがった。
いや、先輩の【威圧】は
――バキッ!
「っつう……!」
突然男の一人に殴られ、俺は思わず後ろへとよろめく。
「ヘッヘ、調子に乗るからこんなことに……ッ!? ヒイッ!?」
「貴様あああああああああああああ!」
「タダでは済ませませんわヨッッッ!」
あろうことか、先輩とサンドラは
「先輩! サンドラ! 落ち着いて!?」
「だ、だが! あのクズ共は君を殴ったのだぞ!」
「そうですワ! 叩き潰してプールに浮かべてやりますワ!」
「だああ!? オ、オマエ等も俺を殴って気が済んだろ! サッサとどっか行けよ!」
二人を必死で抑え込みながら男達にそう叫ぶと、連中は一目散に逃げて行った。
ふう……これで流血沙汰にならなくて済んだ……って。
「えーと……先輩? サンドラ?」
「「…………………………」」
うん、二人はあの連中を逃がしたことが相当お気に召さないらしい。
おかげで、今度は俺が二人にジト目で睨まれる始末だ。
「……あのような連中、逃がしたところで良いことなど一つもないというのに」
「全くですワ! しかも、ヨーヘイに手を出すなんテ……!」
「いいの! 俺からすれば、二人が
「だ、だが……」
納得がいかない先輩は、眉根を寄せる。
「先輩……俺は、こんな下らないことで先輩が嫌な思いするほうが嫌なんです」
「う、うむ……」
「サンドラもだぞ。こんなことでお前の頑張りが台無しになったらどうするんだよ」
「わ、分かりましたワ……」
うん、渋々ではあるものの、何とか二人が納得してくれた。
「さて……それじゃ、って、あーあ……せっかく買ったたこ焼きとかき氷が……」
当然ではあるが、殴られたせいで、たこ焼きとかき氷を床にぶちまけてしまっていた。
「ふふ……仕方ない、なら今度は一緒に買いに行こう」
「ですわネ」
「え? いや、一人で買いに行ってくるからいいよ」
俺は申し訳なくて遠慮すると。
「何を言う。また、今みたいなことになったらどうするのだ」
「そうですワ! ヨーヘイが一緒にいれば、変な男も声を掛けてきませんのヨ!」
「ご、ごもっとも……」
ということで、結局俺達は一緒に買いに行くことになり、その後、みんなで買ったものをシェアしながら楽しく食べた。
あ、[シン]もかき氷を食べてゴキゲンでした。
◇
「すう……すう……」
「ン……フミュ……」
「…………………………」
帰りのモノレールの中、俺は椅子に座りながら二人に寄り掛かられている。
というか、どうやら二人はプールの疲れから眠ってしまったのだ。
「う、動けない……」
下手に動いて二人を起こしても悪いし、ここは駅に着くまでなんとか我慢するかー……。
ということで、俺はピクリとも動かずに耐えているんだけど。
でも。
「……はは」
二人の可愛い寝顔を見て、こんな状況も悪くないって思いながら、俺は微笑んだ……って、今、二人共少し動いたような……?
「…………………………先輩?」
「(ビクッ!?)」
あ、動いた。
「サンドラ?」
「(ビクビクッ!?)」
……揃いも揃って、二人共何やってるんだよ……。
俺は寝たフリをしている二人に苦笑しつつも、これはこれで嬉しいので、駅に着くまであえてこのままでいた。
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