第70話 大切な君
“アルカトラズ”
「む、どうした?」
桐崎先輩が、不思議そうな表情を浮かべながら尋ねる。
「あはは……どうやら財布落としたみたいで……」
「そうなノ? だったら手分けして探しますわヨ?」
俺が苦笑しながら頭を
「あ、いや、第一階層に降りる時点では財布があったのを覚えてるし、落ちてるとしたらこの第一階層だと思うから、ちょっと来た道を戻ってくるよ」
「だが、一人で大丈夫なのか?
先輩とサンドラが心配そうに俺を見つめる。
「あはは、大丈夫ですよ。[シン]の呪符で全部行動不能にしてしまえばいいだけですから」
「そ、そうか……とはいえ、気をつけるんだぞ?」
「はい! みんなは先にここから出ておいてください!」
俺は三人に手を振ると、|踵を返して来た道を引き返す。
というか、みんなについて来られたら困るからなー。
『はう! 財布がないのは死活問題なのです! [シン]のアイスの危機なのです!」
[シン]がムフー、と鼻息を荒くしながら一生懸命に床をくまなく探すけど……。
「あー……[シン]、財布はちゃんと持ってるから安心しろ」
『? どういうことです?』
「ああ、さっきの話……あれは嘘だ」
『そうなのです?』
俺の言葉に、[シン]はキョトン、とした。
「おう、ちょっとどうしても行かなきゃいけない場所があってな……おっと、そこを右だ」
俺達は来た道から逸れ、そのまま通路の奥へと目指す。
すると。
「よし……! あったぞ!」
通路の行き止まりに、木箱が一つ、ポツンと置かれていた。
これこそ、俺がこの“アルカトラズ”
『マスター……ひょっとしてアレ、疾走丸なのです……?』
木箱を指差しながら、[シン]は顔をしかめた。どうやらまた飲まされると勘違いしているみたいだ。
「はは、違うよ」
俺は木箱に近寄ると、蓋を開ける。
そこには。
『指輪なのです』
「そうだ。これは“シルウィアヌスの指輪”といってな、まあ……
『はう!? 呪いなのです!?』
俺の言葉を聞いた[シン]は驚きの声を上げると、俺に抱きついてきた。しかも、どうやら震えてるみたいだな。
『こ、怖いのです……!』
「はは、確かに呪いの指輪ではあるんだけど、効果としては
『そ、そうなのですかー』
そう説明してやると、[シン]はホッと胸を撫で下ろした。
というか、
「まあ、一度この指輪をはめてしまうと、その呪いを解かない限り、絶対にはずれない仕様になってるけど」
『ヒイイ! なのです!』
「はは、[シン]には絶対にはめないから心配するな」
そう……この指輪をはめるのは、たった一人だけだ。
◇
「ソレデハ、お世話になりましタ」
八月二十日になり、いよいよプラーミャはルーシ帝国に帰ることになった。
もちろん、“アルカトラズ”
今、俺が抱えているお土産の数々が、その証左だ。
「プラーミャ……また、いつでも来てネ……!」
「当然ヨ、サンドラ……!」
感極まったサンドラとプラーミャが抱き合う。
「ふふ……またいつでも遊びに来るといい、プラーミャ」
「エエ」
先輩がニコリ、と微笑むと、プラーミャもまた微笑みで返した、
いや、だからお土産!
「……望月。アナタもサンドラに変な真似したら、タダじゃ済まないことを覚えておきなさイ」
「分かった。分かったからそろそろこのお土産を何とかしろ」
俺はズイ、とお土産の数々をプラーミャに突き出すと。
「アラ? そろそろ搭乗ゲートに向かわないト」
「オイ」
コノヤロウ。これ、絶対俺に対する嫌がらせだろ。
「ハア……プラーミャ」
「……分かったわヨ」
溜息を吐くサンドラに
「ゾレジャ……
そう言うと、プラーミャはニコリ、と微笑んで、搭乗ゲートをくぐって行った。
「行った、な……」
「ハイ……」
遠ざかっていくプラーミャの背中を眺めながら、先輩とサンドラがポツリ、と呟く。
「さて、と……んじゃ、俺達も帰りましょう」
「ふふ……そうだな」
「エエ」
俺達は空港を後にし、モノレールに乗って益田駅に到着した。
「じゃあヨーヘイ、先輩、またネ!」
「おう、また明日!」
「ふふ、ではな」
笑顔で手を振るサンドラと別れ、駅前には俺と先輩だけになった。
「さて……私も帰るとしよ……「先輩、待ってください」」
同じく帰ろうとする先輩を、俺は引き留める、
俺にとって、大事なのはこれからだ。
「? どうした?」
「ええと……ちょっと、あそこまでいいですか?」
「別に、構わんが……」
俺は先輩を連れて、駅前にある公園へと来た。
「先輩……実は、どうしても先輩に渡したいものがあるんです」
「渡したいもの?」
「はい……」
ヒューズボックスの中から、俺は丁寧に包装された箱を取り出す。
「これは……?」
不思議そうに箱を眺める先輩。
そんな先輩の前で、俺は箱を開けると。
「っ!? これは……指輪……?」
「……はい」
箱の中から指輪を取り出すと、俺は先輩の左手を見やった。
「望月くん……?」
「先輩……この指輪、つけていただけませんか……?」
俺は、先輩に懇願する。
どうしても、先輩にこの指輪をつけてもらいたくて。
「……その指輪のこと、聞いてもいいか?」
先輩は、頬を赤く染めながらも、疑うような視線で俺に尋ねた。
当然だ。いきなり指輪をつけて欲しいだなんて、疑うに決まってる。
なら……俺は、先輩に対して最大限の誠意を見せるしかない。
だから。
「……正直に言います。これは“シルウィアヌスの指輪”……この指輪をはめると、手に入る幽子の量が二分の一になるっていう、
「っ!?」
俺の言葉に、先輩が息を飲んだ。
「どうして……」
「…………………………」
「どうして、私にそんなものをつけさせようと思った、んだ……?」
先輩はその真紅の瞳で俺を睨む。
それはまるで、信じていたものに裏切られ、
「俺は……先輩とこれからも、ずっと一緒にいたいんです」
「…………………………」
「だから……だから、ただ俺を信じてください……!」
俺は必死で先輩に訴える。
さすがに、先輩
もちろん、都合のいいことを言っているのは分かってる。でも……それでも、俺にできることは、ただ先輩に信じてもらえるように訴えかけるだけだ。
すると。
「……ふふ、本当に君は……なんでここまで、私なんかのことを……」
先輩は、ふ、と表情を緩めると、自虐的な言葉を呟いた。
でも……なんでって、そんなの……!
「そんなの! ……そんなの決まっています! 先輩が、俺にとって一番大切だから……!」
「っ! ……ふふ、君はいつもそうだな。いつも……私の欲しい言葉をくれる……」
俺は先輩の左手を無言で取り、“シルウィアヌスの指輪”をその薬指にはめる。
「こんな贈り物で、すいません……でも、これは先輩を救ってくれるはず、ですから……」
「ああ……もちろん信じるよ。だって……」
先輩は顔を上げると。
「だって、誰よりも大切な君だから」
そう言って、ニコリ、と微笑んだ。
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