第62話 死の天使

 俺達は扉を開け、部屋の中に入ると……一番奥で、黒檀の立派な机に向かって座っている、軍服の上から白衣を身にまとっているスケルトンがいた。


「っ!? あれは、領域エリアボスか!?」


 桐崎先輩がそのスケルトンを見て叫ぶ。

 そう……奴こそが、この“アルカトラズ”領域エリアの第十階層で待ち構えるボス、“トーデスエンゲル”だ。


 その時。


「っ!? 扉が閉まった!?」


 俺達が通った扉が突然閉まり、部屋の外と遮断された。

 つまり……俺達を逃がすつもりはないらしい。

 そして、幸か不幸かは分からないが、俺達と分断される格好になったプラーミャは、扉の外で待機する恰好となった。


『カタカタカタ……』


 トーデスエンゲルはこちらを一瞥いちべつした後、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

 そして、突然右手を斜めに突き上げて敬礼したかと思うと。


「っ! 来ます!」

「「っ!」」


 俺が叫ぶと同時に、先輩とサンドラが二手に分かれて散開するなり、俺に向かって医療用のメスが無数に飛んできた。


「[シン]!」

『ハイなのです! 【堅】!』


 [シン]が俺達の目の前に呪符を展開すると、メスは見えない壁のようなものによって全て弾かれた。


「はああああああああああああッッッ!」


 その隙に回り込んでいた先輩の[関聖帝君]が、トーデスエンゲルに向かって突進する。


「獲った!」


 [関聖帝君]の青龍偃月えんげつ刀の刃が、トーデスエンゲルの首元へと迫った、その時。


「っ!? 何だと!?」


 何故か青龍偃月刀は、トーデスエンゲルの首をすり抜けて空を切った。


「クソッ! 【ミラージュミスト】か!」


 そう、トーデスエンゲルは水属性の幽鬼レブナントで、【水属性魔法】も駆使する。

 つまり……【水属性弱点】を持つ[関聖帝君]とは、非常に相性が悪い。


「サンドラ! お前の[イヴァン]が持つ【雷属性魔法】なら、水属性のアイツと相性がいいはずだ! 俺と先輩はサポートに回るから、お前がアイツを仕留めるんだ!」

「わ、分かりましたワ!」


 俺はそう指示を出すと、頷くサンドラのそばへと駆け寄った。

 

「行きますワ! [イヴァン]!」

『(コクリ!)』


 サンドラの掛け声と共に、[イヴァン]が鉄鞭てつべんを振り回しながらトーデスエンゲルに突っ込む。

 その時、突然部屋の中に紫色のガスのようなものが充満し始めた。


 これは……っ!?


「先輩! サンドラ! このガスを絶対に吸い込んじゃ駄目だ! これは……毒ガスだ!」

「っ!? な、何だって!?」


 俺の言葉に、先輩が驚きの声を上げる。

 だが、この毒ガスこそがトーデスエンゲルの最大のスキルである【ツィクロン】。この部屋という密閉された空間を最大限に活かす、最悪のスキルだ。


『まとめサイト』によれば、ガスが部屋の隅々まで行きわたるのは十分で、それまでにトーデスエンゲルを倒すことがクリア条件となっていた。


 つまり……それまでにこの領域エリアボスを倒さないと、俺達は最悪死ぬってことだ。


「サンドラ! お前は俺が守るから、防御は気にするな! とにかく……ソイツをぶちのめせええええ!」

「任せなさイ!」


 俺のげきに応えるように、サンドラはなりふり構わずトーデスエンゲルに突っ込む。


「[シン]! お前は[イヴァン]より先にあの領域エリアボスの元に行って、呪符でアイツの【水属性魔法】を無効化するんだ!」

『ハイなのです!』


 俺の指示を受けた[シン]は、目にも止まらぬ速さで[イヴァン]の胸に手でタッチしてからトーデスエンゲルに肉薄すると、奴の周辺に数枚の呪符を展開した。


『それー! なのです! 【封】!』


 トーデスエンゲルは[シン]に向かって両手をかざすが……何も起こらないことに、首をかしげる仕草を見せた。

 ハッ! これで後はメスによる物理攻撃しかないだろう!


「今だ! サンドラ!」

「エエ! 食らいなさイ! 【裁きの鉄槌】!」


 [イヴァン]が鉄鞭てつべんを真上に振り上げ、トーデスエンゲルの頭部目がけて叩き落すと、雷鳴と共に、パキン、と乾いた音が聞こえた。


「アアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 サンドラの咆哮ほうこうに呼応するかのように、[イヴァン]は鉄鞭てつべんを何度も叩き込む。


 その時。


「ッ!?」

『カタカタカタ……!』


 トーデスエンゲルは最後の力を振り絞り、その口から一本のメスを射出した。

 そしてその切っ先は、[イヴァン]の左胸に突き刺さ……『させないのです! 【堅】!』

 ……らず、その直前で弾かれて床に落ちた。


「はは! さすがだぞ! [シン]!」

「えへへー、なのです!」


 俺がガシガシと[シン]の頭を乱暴に撫でてやると、[シン]は自慢げに胸を張りながら人差し指で鼻の下をこすった。

 実は、[シン]はトーデスエンゲルに肉薄する直前、万が一に備えて[イヴァン]の胸に呪符を張りつけていたのだ。


「トドメ! ですワ!」


 ――バキンッッッ!


 [イヴァン]が最後の一撃を叩きつけると、トーデスエンゲルの頭部が粉々に砕かれ……とうとう沈黙した。


「ハハッ! やったな!」

「うむ! 見事だ!」


 俺と先輩はすかさずサンドラの元に駆け寄り、ねぎらいと祝福の言葉をかけた。


「ハイ! これも二人のおかげ、ですワ!」

「はは、まーな!」

「キャッ! モウ……フフ」


 俺はガシガシとサンドラの頭を撫でると、一瞬驚いたサンドラだったが、すぐに嬉しそうに目を細めた。


「むむ……も、望月くん、この私も牽制をしたり、そ、それなりに頑張った……って」


 先輩が口を尖らせながらねる前に、そのワインレッドのウェーブのかかった綺麗な髪を優しく撫でた。


「もちろん……先輩のおかげでもありますよ」

「ふふ……分かってるなら、いい」


 先輩も嬉しそうにそっと瞳を閉じる。


 ――バタン。


 すると、閉じられていた扉が開き……プラーミャがそこにたたずんでいた。


「プラーミャ、この領域エリアボスはサンドラが倒した」

「…………………………」

「オマエもこの領域エリア幽鬼レブナントの相手をしたんだ。この意味……分かるよな?」


 そうだ。つまりはサンドラに、それだけの力があるってことだ。

 オマエが見下していたサンドラは、ここにはいない。


「……認めなイ」

「プラーミャ?」

「認めなイ! サンドラは……サンドラは、弱くなくては駄目なノ! このヤーがいないと何もできないサンドラでないといけないのヨ!」

「「「っ!?」」」


 そんな叫び声と共に、突然、プラーミャの身体が幽子の渦に巻き込まれた!?


 こ、これって……まさか!?


ヤーワタシガ……ヤーワタシダケガ、サンドラヲオオオオオオオッッッ!』


 幽子の渦が少しずつ晴れていき、姿を現したのは。


 ――闇に堕ちたプラーミャと、巨大な鉄槌を持った美しいエルフの女性の姿をした幽鬼レブナントだった。

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