第51話 大切な女性(ひと)

 ――キーンコーン。


 放課後になり、俺は帰り支度を始める。

 今日はこの後、桐崎先輩と一緒にとある場所に行く予定である。


「ヨーヘイ! また明日!」

「おう、じゃあな」


 サンドラが嬉しそうに手を振りながら、教室を出て行く。

 本当はサンドラも一緒に行ったほうがいいんだけど、サンドラはさっきのお願いの件で、早速実家に連絡をするらしく、今回は彼女抜きだ。

 というか、サンドラは妹の“プラーミャ”が正式に後継者に選ばれたら、ちゃんと俺達は恋人同士じゃないって実家にはうまく説明するとは言っていたが、本当に大丈夫かよ……。


 ま、まあいいや。とりあえず先輩を待たせるわけにもいかないので、待ち合わせ場所の校門前に急ごう。


 俺はヒューズボックスを背負うと、教室を出て校門前へと向かった。


 そこには。


「…………………………」


 はい、見るからに不機嫌な先輩が、腕組みしながら仁王立ちしておりました……。

 というか、下校する生徒達が先輩から一定距離を空けつつ、顔を逸らしながら避けて通っている……さながらモーゼみたい。


「先輩、お待たせしました」

「あ……う、うむ……」


 ウーン……俺が声を掛けても、先輩は眉根を寄せたままで機嫌が直らない……。


「そ、それじゃ行きましょうか……」

「ああ……」


 とにかく俺と先輩は学園を出て、駅前を目指す……んだけど。


「…………………………」

「…………………………」


 き、気まずい……。

 かつて先輩と一緒にいて、これほど気まずかったことがあっただろうか。いや、ないな。


「あのー……先輩?」

「……何だ?」

「あ、い、いえ……」


 でも……先輩が不機嫌なのって、サンドラのあのお願いのせい、だよなあ……。

 とはいえ、サンドラが自分と向き合って前へ進もうとしているのに、それを俺が止めるわけにもいかないし……。


 ……よし!


「せ、先輩!」

「む……」


 俺は歩く先輩の前に立ち塞がって、先輩を見つめる。

 先輩も、真紅の瞳で俺をジッと見ていた。


「サ、サンドラの件は、あくまでもアイツが前に進むために必要なものなんです。だから、俺はアイツの背中を押してやりたいと思っています」

「う、うむ……」


 先輩は少しうつむき、唇をキュ、と噛んだ。


「そして……もし先輩の背中を押さなきゃいけない時、俺は何を差し置いてもその背中を押し続けます。それがたとえ、誰かと天秤をかけることになったとしても」

「っ!」


 そう……今回、俺はサンドラのためにそのお願いを聞き入れ、協力することにした。

 でも、もし同時に先輩を助けなきゃいけない時、どちらかを選べと問われれば、俺は多分、先輩を優先すると思う。

 ……いや、違う。俺が、先輩の背中を押したいんだ。


「ふふ……」


 すると先輩は、ついさっきまでの不機嫌な様子は霧散し、口元を緩めて微笑んだ。


「本当に……この私もどうしようもなく馬鹿だな。君は、そういう男だということを、誰よりも知っていたはずなのに、な……だから……」

「先輩……?」

「いや、何でもない。それよりも、君の言う場所に早く向かおう」

「あ、は、はい!」


 良かった……もう、いつもの先輩だ。

 はにかみながら照れくさそうに歩く先輩を見て、俺はそれが嬉しくなりどうしても笑みがこぼれてしまう。


「む……ふふ……」


 先輩もそんな俺の様子に気づき、また微笑む。


 俺と先輩は妙なくすぐったさを感じながら、そしてそれを嬉しく思いながら、駅を目指して歩いた。


 ◇


「君が言っていた場所は、ここか……」


 俺と先輩は、“益田市”を走るモノレールに乗って、益田港に隣接されている臨海公園に来ていた。


「はい。先輩、コッチです」


 臨海公園の中を進み、一番端にある海に面した柵の前に来ると、柵の左から四本目……ええと、これだな。

 その柵の棒をつかみ、力任せにひねってみると、棒は意外にも簡単にクルリ、と回転した。


 その時。


「っ!?」


 俺達の前に扉が現れ、先輩は息を飲んだ。

 そう……この扉こそ、俺が最優先で攻略を考えている、“アルカトラズ”領域エリアだ。


「……こう見えて私は、学園にあるものを含め、この益田市に点在する領域エリアについては全て把握しているつもりだ」

「…………………………」

「だが……私はこの場所に領域エリアがあることを知らない。なのに、君は何の迷いも見せずにこの領域エリアの扉を出現させた」


 先輩の視線が、鋭いものに変わる。


「望月くん……君はこれを、一体どこで知った?」


 さて……どう答えようか。

 先輩が疑うのもごもっともで、なんで一介の学園の一年生がこんな誰も知らないような領域エリアを知ってるのかって話だ。


 一応、それなりに理由は考えてあるけど、それで先輩が納得……するわけないなー。

 まあ……とりあえず言ってみて、あとは強引に納得してもらおう。そうしよう。


「実は俺、中学二年の時に偶然この扉を発見したんです。そして、その時に精霊ガイストが発現しました」

「っ!?」


 俺の答えに、先輩が息を飲む。

 ただの嘘っぱちなだけに、罪悪感が半端ないけど……まあ、しょうがないよね。


「それで……その時はこの中に入った瞬間、死の恐怖に襲われました。でも、今の俺達は強くなりました。そしてこの前、改めて扉をくぐって確信しました。俺と先輩なら攻略できるって」

「……そう、か」


 俺の説明を聞き、先輩が目を伏せた。

 うう……これ以上先輩に嘘を重ねたくないので、この辺で素直に騙されて欲しい。


 すると。


「ふふ……」

「先輩……?」

「望月くん……今回はあえて君の話を信じよう。それに、君は絶対に私の不利益になるようなことはしない。そうだな?」

「! 当然じゃないですか! 俺にとって先輩は……!」

「うむ……分かっているよ」


 そう言うと、先輩はニコリ、と微笑んだ。

 ああ……先輩は、俺の説明が嘘だって分かった上で、それでもなお俺のこと、信じてくれて……!


 先輩……俺にとって先輩は、世界で一番大切な女性ひと、です……。

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