第48話 勝利報酬

「イテテ……」


 桐崎先輩とサンドラの二人と別れ、家に帰ってきた俺は自分の部屋のベッドに寝転がったんだけど、背中が痛くてしょうがない……。


『痛いのですー……』


 それは痛みを共有する[シン]も同様で、[シン]はうつ伏せになりながらシクシクと泣いていた。


 仕方ない……今回は[シン]にはつらい思いさせちまったからなー……。


「[シン]、ちょっと待ってろ」

『ヒリヒリするのですー……って、マスターどこに行くですか?』

「今日は特別だ」


 [シン]に向かってニヤリ、と笑うと、俺は部屋を出てリビングに向かった。


「あら、どうしたの?」

「んー、いや、冷凍庫にアイス入ってないかなーって……お、あったあった」


 冷凍庫の片隅に、いつのかは分からないがアイスキャンディーが一本だけ転がっていた。

 俺はそれを手に取って部屋へ戻ろうとして。


「あ、そうだ」

「?」


 クルリ、と振り返ると、母さんがキョトンとした表情を浮かべる。


「俺、一年生の必修課題、もうクリアしたんだぜ。すごくない?」

「あら、本当!」

「へへ」


 嬉しそうに驚く母さんの表情を見て、俺も当然だけど嬉しい。というか、自慢したんだから当然なんだけど。


「ホレ」

『っ! こ、これはひょっとして……!』

「おう、これもアイスだ。食ってみな」

『モモモ、モチロンなのです!』


 オニキスの瞳をキラキラさせながら、[シン]は勢いよく封を開けると、パクリ、とかぶりついた。


『んふふー! ウマウマなのですー!』

「そりゃよかった。ま、今日はよく頑張ったな」


 そう言うと、俺は嬉しそうにアイスキャンディーを頬張る[シン]の頭を撫でてやった。


『えへへー……やっぱり、マスターは世界一なのです……!』

「はは、だろ?」


 幸せそうに目を細める[シン]に相槌を打つと、またベッドに横向きに寝転がる。


「それにしても……」


 俺は、今日のことについて改めて振り返る。

 正直、“グラハム塔”領域エリアの踏破が吹き飛んでしまうくらい、悠木の常軌を逸したと言っても過言じゃない一連の行動には驚いた。


 これがまだ、加隈のバカがやらかしたことだったら少しは理解できるけど、そうではなくてあの・・悠木なのだ。普通に考えて、どうにもおかしい。


「それに、アイツがやたら言ってた『元通り』って言葉……」


 確かに、木崎クソ女があの一件でこの学園からいなくなって、一-二のクラスは落ち目だからなあ。

 まさか未来の“アレイスターの聖女”にダーティーな一面があったばかりか、散々馬鹿にしていた俺に何もかも立場が逆転されたことで、学園の他の生徒達からあの連中が揶揄やゆされているのは知っている。


 それに関しては、所詮は自業自得なので俺は何とも思わないが、当事者である悠木からすれば耐えられないことだったのかもしれない。

 それで、元凶であるこの俺がいなくなれば、前みたいな評価を取り戻すことができる……悠木は、そう考えたんじゃないのか? ……って。


「そんな訳あるかあああああ!」

『はう!?』


 おっとイカン、自分で考えて興奮しちまった。

 おかげで[シン]の奴が目を白黒させちまってるじゃないか。


「わ、悪い……ちょっと考え事しててな」

『ビ、ビックリしたのです……』

「スマンスマン」


 ふう……とりあえず落ち着こう。

 それに、悠木に関しては桐崎先輩の言っていた“GSMOグスモ”ってところが取り調べをするだろうし、俺がいちいち考えても仕方ない、か。


「よっし!」


 俺は気合いを入れるため、パシン、と両頬を叩く。


「それよりも、“グラハム塔”領域エリアも踏破し、次はいよいよ“アルカトラズ”領域エリアの攻略なんだ。夏休みが終わるまで……いや、先輩と遊ぶ時間を確保するためにも、最短で一番効率がいいプランを練らないと!」


 俺はスマホを手に取ると、『まとめサイト』を開いて“アルカトラズ”領域エリア攻略に向けて対策を練った。


 ◇


「ふふ……ホラ、ここ間違っているぞ?」

「うう……本当だ……」


 次の日、俺は先輩、サンドラと一緒に先輩の家で期末テストの勉強をしている。

 というのも、期末テストまであと三日に迫っていて、先輩から領域エリアの探索は期末テスト終了までお預けされてしまったのだ……。


 チクショウ、昨日はこれからのことを考えてあんなに意気込んでいたのに。

 でも。


 俺はチラリ、と見やると……先輩はそのワインレッドの髪をかき分けながら、真剣な表情で俺の解いた答えの採点をしてくれていた。

 本当に……先輩は綺麗だな……。


「ヨーヘイ」

「うあ!? サ、サンドラ、どうした?」


 先輩に見惚れている時に突然サンドラに声を掛けられ、俺は思わずしどろもどろになってしまった。


「ホラ、一応この期末テストの結果込みで勝負を決めるって話じゃなイ?」

「ん? お、おお……」


 そうだった。一応、サンドラと勝負しているていになってるんだったな。すっかり忘れてた。


「そ、それで……少し条件を加えようと思いますノ……」

「条件?」


 何だよ条件って。ますます俺が不幸になる予感しかしないんだけど。


「エ、エエト……」


 すると今度は俺から視線を逸らし、サンドラは頬を赤くしながら、指をこちょこちょとせわしなく動かしている。


「えーと……早く言えよ」

「わ、分かってますわヨ! そ、その……も、もしワタクシが勝ったラ……」

「勝ったら?」

「ワ、ワタクシのお願いを一つだけ……き、聞いて欲しいんですノ……」


 ……うん、やっぱりろくでもなかった。

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