第46話 暴食の蜂蜜酒

「……チッ! 本当にイライラさせてくれるわね……!」


 [イヴァン]が投げた鉄鞭てつべんをギリギリでかわしたせいで倒れ込んでいた悠木は、舌打ちをして[クヴァシル]に支えられながらゆっくりと立ち上がると、ギロリ、と俺と[シン]を睨んだ。


「ハッ! というかこの状況で、まだオマエ、勝てると思ってんのか?」


 俺はわざとニヤニヤしながら、あおるように悠木にそう告げた。

 そうだ……俺と[シン]に集中しやがれ。


「……ええ、勝てるわよ。だって……私、には……私には、このスキルがあるッッ! 【暴食の蜂蜜酒ミード】!」


 悠木の振り絞るような叫びと共に、[クヴァシル]が俺達に向かって右手の杯をかざすと、その中身……黄金色の粘性の高い液体が床へとこぼれる。


 すると、その黄金色の液体はまるで生きているかのように、俺達にへとゆっくり向かって来た。


「アハアアアアアッ! アナタ達はもう終わり! から蜂蜜酒ミードこぼれてしまった以上、アナタ達は食われて・・・・死ぬのよッ!」


 その黄金色の液体を求め、どこからともなくがやってきた。

 右から、左から、上から、下から、ありとあらゆる方向から、大量に。


「……来たか」


 そう、これが悠木の精霊ガイスト、[クヴァシル]が持つスキル……【暴食の蜂蜜酒ミード】。

『まとめサイト』には、当然そのスキルの詳細も載っているし、俺だってちゃんと目を通している。

 対処方法は……ない。


「アハハハハハハハハハ! さあどうするの? こうなったらもう、この私でも止められない! アナタ達は蜂蜜酒ミードまみれ、それを求める無数の蜂によって骨まで食い尽くされるのよ!」

「ああ……確かにオマエの言う通りだ」

「っ!?」


 悠木の言葉に、俺は素直に頷く。

 ただし……最っ高にニヤけたツラでな!


「[シン]!」

『ハイなのです!』


 [シン]が俺達と黄金色の液体との間に、二枚の呪符を展開する。


 そして。


『【模】!』


 そう唱えると、目の前に俺と・・シン・・]が現れた……いや、俺達のニセモノ、つまりデコイを作ったんだ。


 [シン]の、呪符で。


 当然、最も近くにいる俺達・・に、黄金色の液体はまとわりつく。

 蜂も、黄金色の液体と俺達のニセモノを、ただ食らい尽くす。


 全てが終わると……そこには、もう何もなかった。


「さて……どうする?」

「……あ……ああ……あああ……っ!」


 俺は冷たくそう問いかけると、もうなす術がないと悟った悠木は、頭を抱えて今度こそその場で崩れ落ちた。


「さすがに、今回のオマエはやり過ぎた。ここを出たら、覚悟しておくんだな。[シン]」

『ハイなのです! 【縛】』


 念のため、[シン]は[クヴァシル]に呪符を貼り、その動きを封じる。


「サンドラ、もう出てきても大丈夫だぞ」


 通路の陰に向かってそう声をかけると、サンドラがヒョコッと現れた。


「お疲れ様なのですワ」


 トコトコと俺のそばによると、サンドラが俺の背中をポン、と叩く。


「イテッ!?」

「アッ! も、申し訳ありませんワ!」


 チクショウ、悠木を倒したところで、俺の背中が治るわけじゃないんだよなー……。

 ハア……やっぱりさあ、回復魔法使える奴が仲間に欲しいよなあ……って、何考えてるんだ? 俺……。

 大体、回復魔法の一番の使い手はあの木崎クソ女だから、そもそもこの学園にすらいねーじゃん。


 あとは……これも主人公に続いて転校してくる、あのお姫様・・・くらいかあ……。

 でも、木崎クソ女や悠木みたいに俺を目の敵にする可能性大だ。むしろ、サンドラがイレギュラーなだけだろう。


 ……ま、この辺は対策がないわけじゃない。おいおい考えよう。


「さて……んじゃ、帰るか」

「エエ!」

『ハイなのです!』

『(コクリ)』


 [イヴァン]が呪符で拘束されたままの悠木を抱えると、俺達は階段を下りて出口を目指した。


 ◇


「二人共、よく無事で……っ!?」

「あはは……ただいま戻りました……」


 扉をくぐると、前で待ち構えていた先輩が一瞬ぱあ、と笑顔を見せるが、俺の状態を見て慌てて駈け寄ってきた。


「こ、これはどうしたんだ!? 領域エリアボスのタロースは物理攻撃しかないはず! こんな火傷のような怪我をするなど、あり得ない!」

「先輩! この女がワタクシ達の邪魔をして、そして……ヨーヘイをこんな目に遭わせたのですワ!」

「グウッ!?」


 先輩の問い掛けに、サンドラが吐き捨てるようにそう言うと、[イヴァン]は無造作に悠木を地面に放り投げた。


「……望月くん、本当なのか……?」

「はい……」


 俺が頷くのを見て先輩は、身動きが取れないまま地面にいつくばってうめき声を上げる悠木の目の前に立った。


「貴様……どういうつもりだ」

「ヒイッ!?」


 [関聖帝君]の青龍偃月刀の切っ先を悠木の喉元に突きつけられ、【威圧】スキルもあって痛みも忘れておののく悠木。

 そんな悠木を、先輩は射殺すような視線でただ睨みつける。


「答えんかあッッッ!」

「ハハ、ハイッ! そ、その! 彼……そう! 彼がこの私の誘いを断って、パーティーを組んでくれないから! そ、それに! 彼は生意気なんです! もうどうしようもないくらいムカついて! 彼がいなくなれば、元通り・・・になるんです! それでっ!」


 先輩に一喝され、しどろもどろになりながら悠木が答える。

 だけどコイツ、言ってることがメチャクチャだぞ!? 

 そんなの……俺を襲おうとした理由には到底ならない。それどころか、そんな短絡的な理由や感情で、一歩間違えば人殺しをしてしまうような真似をしたのか?


 この……『ガイスト×レブナント』では頭脳派で、常に冷静沈着なキャラ設定の“悠木アヤ”が。


「とにかく! ……貴様、このままタダで済むと思うな」

「ヒイイイイイイイイッッッ!?」


 先輩の最大限の【威圧】スキルを一身に浴び、悠木は泡を吹いて気絶してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る