第43話 無策
「……ふふ」
突然何者かに襲われ、俺が後ろへと振り返って叫ぶと……現れたのは“悠木アヤ”だった。
「オマエ! これは一体何の真似……「ヨーヘイ! タロースが!?」」
サンドラの叫びに俺はまた振り返ると、さっきの悠木の【アシッドレイン】が開戦の合図となったのか、タロースが俺達に向かって猛然と襲い掛かってきた。
「チッ!」
「……よそ見していていいの? 【マーキュリー】」
「なあっ!?」
今度は悠木が[シン]に向けて
クソッ! 結果的に挟み撃ちみたいになってんじゃねえかよ!
「[シン]!」
『【堅】』
【アシッドレイン】を防いだ時と同じように、[シン]は俺達と悠木の間に呪符を展開して水銀の弾丸を弾いた。
「サンドラ! 俺はコッチの悠木を相手する! お前はタロースを!」
「ッ! 分かったワ!」
正直、サンドラの力ならタロースもソロで倒せるはず。
とりあえず……サンドラに任せよう。
「さて……んじゃ、始めようぜ? というかオマエ、たった一人でここまで来たのか?」
俺はわざと挑発するように悠木にそう告げる。
「……ええ。
悠木の
で、今俺の目の前にその[ミーミル]の姿が見えないってことは、【水属性魔法】の【ミラージュミスト】を使って姿を消してるんだろう。
だから、ここまで
今も、どこからか[ミーミル]が俺達を虎視眈々と狙っているはずだ。
「ふーん……で、オマエさあ、道中は所詮
そう、たかだか姿が見えない程度で、この俺達に勝てると思ったら大間違いだ。
なにせ、サンドラには広範囲に攻撃を仕掛けられる[イヴァン]の【裁きの鉄槌】があるし、俺も俺で[シン]の【方術】でいくらでも対処可能だ。
だけど……『まとめサイト』によれば、この悠木はパーティーのブレーンというキャラ設定で、アドベンチャーパートでは作戦を立てたり謎解きをするのはコイツの役割らしい。
そんなコイツが、短絡的に俺達に挑むとも思えない。
なので、少しでも情報を引き出すためにわざとこんな
「……勝てると思ってるけど? あの彼女はここの
「へえー、余裕だな。だけど、オマエだって知ってるだろ? 俺の[シン]は、オマエ等程度じゃ相手にならないほど強くなってることを」
「……確かにあなたは強くなったわ、この私がパーティーを組みたいと思うほどに。だからって、私の
「何……!?」
悠木はニタア、とその口を三日月のように吊り上げたかと思うと、俺の背後から
「っ! [シン]!」
『任せるのです! 【堅】!』
何度繰り返そうが、結局は[シン]によって防がれるだけなのに、まるで馬鹿の一つ覚えみたいに……っ!?
「……フフ、獲った」
今度は[シン]が呪符による防御ができないほどの超至近距離から、水銀の弾丸が突然現れ、俺へと飛んできた。
……まあ、届かないけど。
「っ!? かき消された!?」
「はは、下を見てみろよ」
そう……既に[シン]は、俺達を囲むように床に“封”と記された呪符を貼り、魔法封じの結界を展開していたのだ。
もちろんこれは、悠木の
つまり。
「さあ、そろそろ姿を見せろよ。ええと……[ミーミル]だっけ?」
俺は余裕の表情で悠木の
「……フフ、私の
「何だと?」
そして、俺の視界に入ってきたのは……ローブを身にまとい、その右手には銀の盃を、左手には皮の表紙がついた分厚い本を持った、厳格な顔をした中年の男だった。
「[ミーミル]、じゃない……?」
「……アハハ! ええそうよ! これこそが私の
「何だって!?」
悠木が放った言葉に、俺は驚きの声を上げた。
だって、悠木が告げた[クヴァシル]という名と
「……バカなあなたに教えてあげるわ。あなたがクラスチェンジを果たすためにレベル上げにいそしんでいたように、私もこの“グラハム塔”
「…………………………」
「……レベル四十を迎えたその時、[ミーミル]のクラスチェンジが解放されたの。そして、より上位の存在である[クヴァシル]へとクラスチェンジを果たしたってわけ」
悠木は俺を見ながら嬉しそうに語る。
そういえば、『まとめサイト』によると、主人公とメインヒロインはクラスチェンジの解放条件となるレベルが四十だったな……。
だけど、主人公とメインヒロインだからこそ課せられたもう一つの特殊条件……特定のイベントをこなすことが必要なはず。
例えばコイツの場合だと、その頭脳の高さゆえに物事を達観してしまっている自分に嫌気がさしていたところを主人公に指摘され、さらに他の生徒に悪意のいたずらを仕掛けられて
でも、それを主人公に救われ、その結果、信頼関係を結ぶという展開になっている。
とはいえ……当然、主人公が来るのは二学期からなんだから、このイベントを起こすことができない。
なのに、コイツの
理由は分からないが、事実は事実だ。
「……あなたの
などと悠木は独自の考察を嬉しそうにほざく。
「……だけど、もしここで俺達に万が一のことがあったら、それこそあのクソ女の二の舞で、この学園にいられなくなるんじゃないのか?」
「……フフ、本当に馬鹿。今のあなた達は、
俺の問い掛けに悠木は呆れた表情を浮かべながら視線を送ってきた。
この視線は覚えている。まだ一-二にいた時にコイツから毎日受け続けてきた、俺を蔑んでいる瞳だ。
「……さあ、せめて[クヴァシル]最大のスキルで終わらせてあげる。食らいなさい、【暴食の
「ハア……オマエさあ、一-二での教室の一件を忘れたのかよ」
俺は溜息を吐くと、呆れた表情を浮かべながら悠木を見やる。
クラスチェンジを果たして連中を見返すために教室に行ったあの日、俺は加隈の奴を目の前の悠木と同じように呪符で身動きを取れないようにしてやった。
その時も、あまりのスピードに教室にいた連中の誰一人として[シン]が加隈の背後に回っていたことに気づかなかったんだ。たとえ悠木がクラスチェンジしたところで、結果は同じだ。
[シン]の『敏捷』が“SSS”なのは伊達じゃない。
「そんなことも忘れて姑息な手段で戦いを挑んできて、しかも仲間も連れてこないなんて……オマエ、本当に頭脳キャラなの?」
「クッ……!」
悔しそうに俺を睨む悠木だけど、俺にはコイツの行動が本当に信じられない。
いくらなんでも、俺達を舐め過ぎだろ……。
「まあいいや。そういやオマエ、さっきこう言ってたよな? 『何かあったとしても
そう告げた瞬間、悠木の顔色が青く染まる。
全く……自分がやられることを想定してないのかよ……。
「……そこで、震えて待ってるんだな」
俺は戦慄の表情を浮かべる悠木を一瞥した後、踵を返してタロースと戦うサンドラの元へと駆け出した。
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