第42話 第六十階層

 ――キーンコーン。


「ヨーヘイ! サア、行くわヨ!」


 放課後のチャイムが鳴るやいなや、サンドラが帰り支度をしている俺の元へとやって来てニヤリ、と口の端を上げた。どうやら気合いは十分みたいだな。


 これからいよいよ、俺とサンドラは“グラハム塔”領域エリアの最上階である第六十階層、そして、領域エリアボスであるタロースとの戦いに挑む。


 俺は今日で“グラハム塔”領域エリアを踏破し、そして……明日からは、二年生の必修課題である“カタコンベ”領域エリアともう一つ、この“益田市ますだし”のはずれにある、五つの領域エリアの一つ、“アルカトラズ”領域エリアの攻略を始める。


 俺と、桐崎先輩で。


「モウ! 何をボサッとしてますノ!」


 おっと、サンドラの奴がイライラしだした。

 さて。


「じゃあ、行くか」

「エエ!」


 俺とサンドラは教室を出ると、真っ直ぐ“グラハム塔”領域エリアの扉へと向かうと。


「先輩!」

「む? ふふ……待っていたぞ」


 既に先輩が扉の前に来ており、俺が声を掛けるとニコリ、と微笑んでくれた。


「ど、どうして?」

「何を言っている。これから君達がこの領域エリアを踏破するのだぞ? この私がそれを見届けなくてどうするのだ」

「あはは、ですね」

「それに」


 先輩は、俺とサンドラの後ろに回ると、パシン、と背中を叩いた。

 はは……先輩、最高に気合いが入りました。


「二人共、信じているぞ」

「「はい!」」


 俺とサンドラはコツン、と拳を合わせると“グラハム塔”領域エリアの扉をくぐった。


 ◇


「サンドラ! 右! 来るぞ!」

「分かってますワ! 【ライトニング】!」


 第四十七階層まで到達した俺達は、この階層の幽鬼レブナント、“ケット・シー”と交戦していた。

 というか。


「相変わらずここの幽鬼レブナント共はウジャウジャいやがる……」


 そう。ケット・シー自体はさして強くもないが、第十三階層のゴブリンと同様にやたらと湧いて出てくるのだ。

 で、[シン]は一対一の戦闘は得意だが、一対多の戦闘は実はあまり得意じゃない。


「アアモウ! 面倒ですワ!」

「っ!? ちょ!? [シン]! 急いでアイツから離れるぞ!」

『ハイなのです!』


 サンドラの精霊ガイストである[イヴァン]が右手に持つ鉄鞭てつべんを振り上げるのを見て、俺と[シン]は慌ててサンドラから離れた。


「食らいなさイ! 【裁きの鉄槌】!



 [イヴァン]が鉄鞭てつべんを思い切り地面に叩きつけると同時に、サンドラを中心として周囲に稲妻がほとばしり、ケット・シーはあっという間に黒焦げになってしまった。


「フン!」


 サンドラは幽子とマテリアルに変わるケット・シー達を一瞥いちべつすると、ツインサイドテールを手で後ろへ払いながら鼻を鳴らした。

 というか。


「お前! まだ俺達がいただろうが! 【裁きの鉄槌】を使うなら先に言えよ!」

「何を言ってますノ。ヨーヘイ達なら、大丈夫でショ?」

「あのなあ……」


 まるで「何を言ってるの?」と言わんばかりの表情でそう言い放つサンドラに、俺は溜息しか出ない。


『……イヴァンおじさま、アレク姉さまって、あんな脳筋なのですか?』

『……(コクリ)』


 うん……自分の精霊ガイストにすら呆れられてる。

 というか[シン]よ……サンドラのこと、あえて“アレク”って呼んでるのな。


 ま、いいか。


 てことで、俺達はさらに上の階層へと突き進み、そして。


「とうとう……」

「エエ……来ましたワ」


 第六十階層へと足を踏み入れた。


「この奥に、タロースが……」


 などと呟いてみたけど、『まとめサイト』によればタロースは物理に特化した幽鬼レブナントで、【物理攻撃無効】を持っており、脳筋精霊ガイストの[イヴァン]にとっては少々厄介ではある。

 とはいえ [イヴァン]も【雷属性魔法】が使えるし、[シン]の【方術】があればどんな局面でも対応可能だ。

 まあ、負ける要素はないだろうな。


「フフ、ヨーヘイ、先にタロースを倒すのはワタクシですワ!」


 ビシッ! と俺に人差し指を向け、高らかに宣言するサンドラ。


「おう、そうだな」

「ムム! ソコはもっと乗ってきなさいヨ!」

「そうか?」


 フハハ、そう簡単にお前のペースに乗ってたまるか。

 大体、俺は絶対に今日でこの領域エリアの攻略を終えるんだ。そして……先輩と一緒にその先に進むんだ。


「おっし!」


 俺は気合いを入れるため、パシン、と両頬を叩いた。


「んじゃ、サクッと倒しに行くか!」

「モウ! 倒すのはワタクシですわヨ!」

「ハイハイ」


 俺達は階層の奥へと進んで行くと……いた。


 タロースはまるで俺達を待ち構えているかのように、部屋の中央で仁王立ちしていた。

 というか……アレ、五メートルはあるんじゃないか?


「フン! 相手にとって不足はないですワ!」


 サンドラは不敵な笑みを浮かべながら、鼻を鳴らした。

 まあ、今の俺達からすればアイツは役不足だけどな。


「[シン]、準備はいいか?」

『ハイなのです!』


 [シン]がフンス! と気合いを入れる。


 さあ……始め……「【アシッドレイン】」……なあっ!?


 突然、上から怪しい緑色をした液体が雨のように降り注ぐ。

 というか、【アシッドレイン】!? んなモン浴びたら、タダじゃ済まないぞ!?


「クソッ! [シン]!」

『ハイなのです!』


 俺は[シン]に指示を出すと、[シン]は素早い動きで俺達の上を囲むように呪符を展開すると。


『【けん】』


 そう唱えた瞬間、【アシッドレイン】は全て見えない何か・・に弾かれた。


「誰だっ!」


 俺は後ろへと振り返って叫ぶ。


「……ふふ」


 現れたのは、“悠木アヤ”だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る