第38話 先輩の思惑

「モ、モウ一歩も動けませんワ……」


 俺達は“グラハム塔”領域エリアから帰還すると、サンドラが扉の前でへたり込んだ。


「ふふ……だが、これでサンドラも第四十三階層まで攻略できたじゃないか。このままいけば、二学期早々には踏破できそうだ」

「む、無茶ですワ!?」


 桐崎先輩の言葉に、サンドラは目を丸くしながら叫んだ。


「無茶ではないぞ? そもそも、私は君一人で踏破しろとも言っていないしな」


 そう言うと、先輩は何故か俺のほうをチラリ、と見た。

 ええと……何だろう?


「ふふ、つまり、君とこの望月くんで“グラハム塔”領域エリアを攻略するんだ」

「「はあああああああああああ!?」」


 先輩のとんでもない発言に、俺とサンドラは絶叫した。

 いや、なんで俺が!? このサンドラと!?


 俺は口をパクパクさせながら先輩を見ると……先輩は、ニコリ、と微笑んだ。

 あ……ひょっとして……。


「イ、イヤですワ! それじゃ勝負になりませんわヨ!」

「いや、そんなことはないぞ? それだったら、第六十階層にいる“グラハム塔”領域エリアのボス、“タロース”をどちらが倒したかで決めればいいのでは?」

「ウグウ……ですワ……」


 先輩に言いくるめられ、口ごもってしまうサンドラ。


「……俺はそれで構いません」

「っ!? ほ、本気ですノ!?」

「ああ……それに、最後の最後で決着つけるなんて、それこそどちらが上か、ハッキリするじゃないか。それとも何だ? ひょっとしてサンドラ、自信ないのか?」

「ナッ!?」


 俺はわざとあおるようにそう言い放つ。

 ここまで言われたら、コイツは絶対に乗ってくるはず。だって『まとめサイト』によれば、あの加隈に同じようにあおられて、自分に不利な条件を飲んだらしいからな。


「エ、エエ! モチロン構いませんワ! ヨーヘイには絶対後悔させてあげますノ!」

「はは、もちろん俺も負けてやるつもりはねーよ!」


 よし、これで狙い通り、俺はサンドラとこの“グラハム塔”領域エリアを攻略することになった。

 俺は小さくガッツポーズをした後、先輩のそばに寄ると。


「先輩……ありがとうございます」


 そう、先輩に耳打ちした。


「あう!? な、何のことだ!?」


 先輩はビクッとしてとぼけた。

 だけど……先輩の狙いは、サンドラをけしかけて俺と勝負させ、なおかつ勝利条件を領域エリアボス討伐に切り替えること。

 これは、俺の安全を考え、この“グラハム塔”領域エリアをソロで攻略しなくてもいいように、っていう先輩の優しさだ……。


 本当に……俺にはもったいないくらいの先輩ですよ。


「う、うむう……そ、その、本当なら……」


 先輩はゴニョゴニョ言いながら、少し寂しそうにしてうつむいてしまった。


「先輩……俺、この“グラハム塔”領域エリア、速攻で攻略してみせますよ。だから、その次の“カタコンベ”領域エリアと“天岩戸あまのいわど領域エリアは、絶対に、その……俺と一緒に攻略しましょうね!」

「! う、うむ! もちろんだとも! 一緒に攻略しようではないか!」


 先輩は、ぱあ、と咲き誇る花のような笑顔を見せてくれた。


「さて! サンドラはもう動けるか?」

「エ、エエ、もちろんですワ!」

「うむ、では次は私の家に行くぞ! これから期末テストの勉強だ!」

「「…………………………エ?」」


 俺とサンドラは、顔面蒼白になった。


 ◇


「うん……うん、そういうことだから、先輩の家でご飯を食べて帰るよ」

『それはいいけど……あまり迷惑かけちゃ駄目よ?』

「はは、分かってる」


 そう言って、俺はスマホの通話終了のボタンをタップした。

 あの後、先輩の家に来て先輩の指導の元テスト勉強をしていた俺達は、先輩のご厚意で晩ご飯をご馳走になることになった。

 で、俺は母さんに電話してそのことを伝えると、こうやって釘を刺されたわけだ。


「そ、その……お母様からの許可はいただけたか?」

「はい、大丈夫です!」

「う、うむ! そうか!」


 少し心配そうな表情で尋ねる先輩に俺はサムズアップすると、先輩が嬉しそうな表情を浮かべた。

 で、俺は机の上に突っ伏しているサンドラを見やると。


「…………………………キュウ」


 白目をむいた状態で変な鳴き声をした。

 まあコイツは、聞けば“グラハム塔”領域エリア第四階層までしか行ったことがないのに、今日いきなり第四十三階層まで来たわけだからな。一気に三十九階層も攻略したことになる……うん、ちょっと可哀想になってきた。


「ふふ、サンドラも今日はよく頑張ったぞ。うちの“カナエさん”が作る夕食は格別だから、存分に楽しんでくれ」


 先輩が今言った“カナエさん”というのは、先輩の家……いや、お屋敷にいる専属のメイドさんなのだ。

 というかハッキリ言ってここは、よく外国のお貴族様が住むような屋敷そのものなのだ。もちろん俺も、ここに来た時には目を丸くしたとも。

 まあ……サンドラは元々貴族だから、むしろこれが普通だと言わんばかりの態度だけど。


「皆様、お食事の用意が整いました」

「うむ、カナエさんありがとう。では二人共、食堂に移動しよう」

「はい!」

「…………………………帰りたイ」


 オイ、サンドラ。そういうことは言っちゃダメだろ。

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