第35話 先輩との楽しい息抜き

「む……望月くん、どうかしたのか?」


 “グラハム塔”領域エリアの第五十三階層。

 桐崎先輩の精霊ガイスト、[関聖帝君]が目の前の幽鬼レブナントを【一刀両断】にすると、心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。


「あ、ああいえ、ちょっと……」


 ウーン……さすがにサンドラのイベントについて先輩に相談するわけにもいかないし、どうしたものか……。

 などと考えていると。


「うむ……今日の領域エリア攻略はここまでとしよう。まあ、そもそも[シン]ならこの“グラハム塔”領域程度、私の助言などなくとも、簡単に踏破できるだろうしな」


 そう言うと、先輩が苦笑した。


「そ、そんなことないですよ! 先輩がこうやって色々と教えてくれて、導いてくれるからこそ、こんなに簡単にここまで来れたんです!」

「あう!? ……まま、全く、君はすぐにそんなことを……(ゴニョゴニョ)」


 俺は先輩から「もう同行しない」って言われたくなくて、色々と理由をつけて必死に訴えると、先輩が顔を赤くしながら何かを呟いた。


『うわー……相変わらずマスターは悪いオトコなのです』

『(コクコク)』

「コラ、そこの[シン]と[関聖帝君]、そんな誹謗中傷は止めるように」


 だけど……サンドライベが始まってしまった以上、何かしらの対策を考えないと。

 今日は大人しく家に帰って、もう一度『まとめサイト』を呼んで検討するかー……。


「と、とにかく、今日のところはここを出ましょう」

「う、うむ、そうだな」


 ようやく復帰した先輩と、俺は出口を目指した。

 その途中で。


「そ、それでだな! その……よ、予定が全てなくなってしまい、時間に余裕ができてしまっただろう? あ、甘いものを食べると、つつつ、疲れが取れるというか……」


 下の階層へと降りる階段で、先輩がうつむきながら何か言っている。

 だが、俺はどこぞの主人公のように鈍感系ではないのだ。


「あはは、そうですね。せっかくですし、スイーツでも食べに行きましょうか」

「! う、うむ! そうだな! そうしよう! そうなると駅前の“ルフラン”だな!」


 俺がそう提案すると、先輩はぱあ、と満面の笑みを浮かべた。超可愛い。

 ということで、俺達は駆け足でこの領域エリアを出た。


 ◇


 さて……この“ルフラン”、実はこの界隈ではかなり有名なカフェだったりする。

 というのも、ここのシェフは世界的なコンクールで金賞を何度も受賞するほどのパティシエで、しかも値段もリーズナブル。俺達のような学生でも気軽に利用できるのだ。


 そして、『まとめサイト』によると、主人公のデートイベでここに来ると、チョイスするスイーツ(三択)によってヒロインの好感度が上がる仕様らしい。


「ふふ♪ どれにしようかな♬」


 俺はチラリ、と見やると、先輩はメニューを眺めながら口元をゆるっゆるにしていた。


 ……先輩は、どんなスイーツが好みなんだろう。

 もちろん俺も好感度を上げるために積極的に狙いにいきたいんだけど……そもそも、『まとめサイト』に先輩に関するデートイベ情報は載っていない。

 準ラスボス設定である先輩とのデートイベは存在しないんだから、当たり前なんだけど


「ん? 君はまだ決まっていないのか?」

「え、ああ、ええと……そうですね……」


 不思議そうな顔をした先輩に尋ねられ、俺は慌ててメニューを見る。

 ふむ、さて困ったぞ。


「じゃ、じゃあこのイチゴショー……」


 メニューを指差し、イチゴショートを選択しようとすると、先輩が何故か悲しそうな表情を浮かべた。わ、分かりやすい……。


「……トはやめて、コッチの……」


 俺はメニューにあるスイーツ達の上を指でゆっくりとなぞっていくと、先輩は和栗のモンブランのところで目を見開いた。


「……モンブランにします」

「う、うむ! そうか!」


 はい、モンブランが正解だった模様。


 俺は店員さんを呼んで注文すると、店員さんはカウンターの向こうへと入って行った。


「それで……新しいクラスはどうだ?」

「あ、はい。すごく雰囲気は良くなりました」


 そう、クラスチェンジで生まれ変わった[シン]によって、俺はクソ女をはじめ、一ー二の連中を見返してやった。今でも、あの時の連中の驚きと悔しそうな表情が目に浮かぶ。


 で、先輩が学園長に掛け合ってくれて俺は一ー三にクラス替えすることになった。

 一-三のクラスメイト達も、俺の噂は当然知っているのでかなり敬遠されてはいるんだけど、それでもクラスメイト達の視線はさげすむものじゃなくて、むしろ同情に近かった。

 この辺りは、あのクソ女がやらかしたことも明らかになったから、ではあるんだけど。


 ん? クソ女?

 アイツは晴れてこの学園からいなくなった。というのも、さすがにクソ女はやり過ぎたのだ。

 あの教師がやったような初心者用の領域エリアでも大概なのに、“グラハム塔”領域エリアでの置き去りは殺人行為に等しい。

 なので、事態を重く見た学園長だったが、クソ女の将来性と更生への期待も込めて、退学ではなく無期限停学処分にした。もちろんそれは、学園の生徒達にも公表して。


 するとクソ女は、そのまま停学処分を甘んじて受けるのではなくて、学園を退学して、別の精霊ガイスト使いを養成する学園へと転校していったのだ。

 いきなりゲームのメインヒロインで、最強の回復魔法使いである未来の聖女の退場に俺は……うん、何とも思っていない。というか、主人公だってあんなクソ女がいても迷惑だろ。


 それよりも、一-二と一-三で、ここまで生徒の人間性が違うのって、普通にヤバイと思います。

 ……いや、一-二の生徒が異常なのかもしれない、な。


「? 望月くん?」

「へ? あ、ああいえ、何でもないです」

「そうか? おっと、どうやら来たようだぞ!」


 ポットに入った紅茶と一緒にスイーツを運ぶ店員さんを、先輩は真紅の瞳をキラキラさせながら見つめ……いや、凝視する。

 店員さんもそんな先輩に苦笑しながら、テーブルにカップとポット、そしてスイーツを丁寧に置いてくれた。


「へえ、先輩の桃のタルト、美味しそうですね」

「ふふ、そうだろう? も、もちろん、シェアしても構わないんだぞ?」


 はい、つまりモンブランをシェアさせろってことですね? 分かります。

 俺はニコリ、と微笑むと、無言でモンブランをス、と先輩の前へ差し出した。


「む、むむ、い、いいのか?」

「もちろんです。先輩の感想も聞きたいですし」

「そそ、そうだな! うむ!」


 先輩は最高の笑顔を浮かべ名が、フォークをモンブラン……の上にある和栗に思いっ切り突き刺した。

 どうやら先輩は、スイーツに対して遠慮がないらしい。


「っ! お、美味しい……!」


 ……まあ、こんな先輩の可愛い姿を見れたんだから、和栗の一つや二つ、全然安いものだけど。


 それから俺と先輩は、お互いのスイーツをシェアしながらカフェでの時間を楽しんだ。

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