第32話 一人ぼっちの彼と孤独の私③

■桐崎サクヤ視点


 その後、私はこれでもかというほど説教した。この私をここまで心配させたのだから当然だ。

 だが、それ以上に彼から聞かされた内容は衝撃的だった。


 まさか……あの女が、望月くんを無理矢理第二十一階層へと連れ出し、さらに階段を封鎖して閉じ込めてしまったとは……!


 私はギリギリと歯噛みすると、あの女を八つ裂きにするために保健室を飛び出そうとした。

 だが、彼に止められてしまい、私は思わず詰め寄ってしまった。

 理由を尋ねると、彼は自分が強くなって見返すことで、今日のあの女の行為を後悔させてやるのだと、そう言った。


 到底納得できる話じゃない。だが、他ならぬ彼がそう決めたのだ。私は従うほかなかった。

 私は、つい皮肉を込めて彼に失言をしてしまった。


 私は、部外者である・・・・・・、と。


 すると彼は、今にも泣きそうな表情を浮かべ、私に縋りついてきた。

 部外者なんて言わないで欲しいと、必死に訴えながら。


 ああ……私は彼に、なんてひどいことを言ってしまったのだろう。

 仮に私が彼から同じ言葉を投げられてしまったら、それこそ私も平静でいられるはずがない。なのに私は……!


 私は自分の失言を必死に否定すると、彼はその瞳から大粒の涙をこぼした。

 当然だ。彼はあの“グラハム塔”領域エリアでクラスメイトに裏切られ、その心をズタズタにされてしまったのだから。


「望月くん……っ!」


 思わず彼を抱きしめる。

 強く……ただ、強く。


 せめて彼の悲しみのほんの一部でも、受け止めてあげるために。


 しばらくすると彼は泣き止み、私の背中をポンポン、と叩いて顔を上げた。

 その涙でにじんだ彼のガーネットのような瞳は強さと意志をたたえ、ただ……綺麗だった。


 あんなことがあったのだ。私は今日の領域エリア攻略はもう中止しようと伝えると、初心者用の領域エリアだけ行かせて欲しいと頼んできた。


 正直、初心者用の領域エリアですらも行かせたくなかったが、それ以上にそこまでしてあの領域エリアにこだわる彼が気になった。


 尋ねると、望月くんは私に彼の精霊ガイストのステータスを見せてくれた。


 異常だった。

 『敏捷』のステータスだけが、この私の[関聖帝君]を凌駕するほどの能力を有し、それ以外はこれだけレベルアップしているというのに、ほとんど成長が見られなかったのだから。


 そして、彼は理由を教えるので一緒について来て欲しいと言った。

 もちろん私に否やはない。結局、彼と一緒に初心者用の領域エリアへと向かった。


 そこで、また私は驚くべきものを目の当たりにした。


 なんと、初心者用の領域エリアの何もない部屋に、さらに別の領域エリアへと繋がる扉が現れたのだから。

 しかもその扉の先は、まるで楽園のような世界が広がっており、そこに似つかわしくないほど禍々しく、圧倒的な強さの幽鬼レブナントがいたのだ。


 彼に腕を引かれ、幽鬼レブナントをやり過ごすと、私はまた彼を叱った。だが、彼は私に叱られる義務がある。

 本当に……この私に心配ばかりさせて……。


 さらに先へと進み、彼に連れてこられた場所は、行き止まりだった。

 そこに、木箱がポツン、と置かれていた。


 私はその木箱に近づき、蓋を開けると……中には疾走丸が入っていた。

 そして……この時初めて、彼の精霊ガイストの異常なステータスの秘密を知った。

 だが、彼がしていることはあまりにも無謀で、あまりにも無茶で、あまりにも苦痛を伴うものだった。

 危険と隣り合わせながらあの幽鬼レブナントをやり過ごし、この何の変哲もない疾走丸を手に入れる。

 それも、めまいがするほどの膨大な数をこなして。


 彼は……彼は、誰にも負けない心の強さを持ち合わせていたのだ。

 この私すら、到底敵わないほどに。


 ふふ……私も負けていられないな……。


 そんな素晴らしい彼を見つめながら、私も決意を新たにするとともに、そんな彼の隣に立てることに幸福を感じていた。


 ◇


 それからというもの、私は彼が初心者用の領域エリアに行く時も常に同行するようになった。

 まあ、あんな危険な場所で彼一人にさせるわけにはいかないからな。


 ……本音は、彼と共にありたいから、だが。


 そして、彼の精霊ガイストが幾度目かの疾走丸を飲み込み、ステータスを確認すると……とうとう、『敏捷』のステータスが“S”に到達した。


 嬉しかった。彼のあり得ないほどの努力が報われたのだ。

 でも、それでも彼にとっては通過点でしかない。

 次の目標はクラスチェンジ。彼いわく、レベル五十でクラスチェンジ可能ということだから、後は“グラハム塔”領域エリアで幽子を集めるだけだ。


 望月くんと私は、意気揚々とこの領域エリアの出口を目指す。

 嬉しさのあまり戻すのを忘れてしまった、[関聖帝君]も一緒に。


 あの幽鬼レブナントが待ち構える十字路にたどり着き、いつものように幽鬼レブナントが背中を向けている隙に通過しようとした瞬間、幽鬼レブナントがいつもと違う挙動を見せた。

 その時、私は自分の過ちに気づいた。


「ふふ……もちろん私だって易々とやられるつもりはない。だから……君は逃げるんだ」


 死を覚悟し、私は彼に笑顔でそう告げた。

 せめて……この大切な後輩が逃げ切る、その時間を稼いでみせる。そう思って幽鬼レブナントへと向き直ると……何故か彼は逃げようとせず、私の隣に並び立った。


「……俺は先輩が一緒じゃない限り、絶対に逃げませんから。逃げるなら、先輩と一緒ですから」

「望月……くん……」


 彼の決意のこもった言葉に、私は彼の名をポツリ、と呟く。


 それは、彼に対する申し訳なさで。

 彼が死んでしまうかもしれないという不安で。

 彼が私の指示に従ってくれない怒りで。

 そして……彼の私への想いに対する嬉しさで。


 それ以上、私はもう何も言えなかった。


 ただ……彼は……望月くんは、この私が命に懸けても守ってみせる!

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