第21話 憧れの女性(ひと)

「あ、あははー……またなー……」

『……(ヒラヒラ)』

『『『『『ギャギャ……』』』』』


 第十二階層へと繋がる階段の前で、俺と[ゴブ美]は名残惜しそうにする大量のゴブリン達に見送られた。

 な、なんだかなあ……。


 だけど。


「あと……十二の階層を下りれば……いや、第十階層にさえたどり着ければ……!」


 そう、第十階層までは桐崎先輩と一緒だったとはいえ、もう何度も踏破している。

 そこまで行けば、俺達はやっと帰れるんだ。


「[ゴブ美]、あと少しだ! 気合い入れていくぞ!」

『(ブンブン!)』


 俺のげきに、[ゴブ美]が棍棒を振り回して応えた。


「よし! 行こう!」


 俺達は階段を下りて第十二階層へと足を踏み入れた。

 第十一階層と第十二階層は、数は少ないが強敵の“ストーンウルフ”がいる。

 このストーンウルフ、身体が石な上に属性が狼だから、今の[ゴブ美]ほどじゃないにしろとにかく素早い。


「まあ……何とかやり過ごしながら階段を目指すしかないな……」


 正直、ストーンウルフは[ゴブ美]が勝てる幽鬼レブナントじゃない。

 エンカウントしたら……俺達は確実にやられてしまう。


 俺達は慎重に第十二階層のフロアを進んで行く。

 途中、ストーンウルフの姿を見かけた際はすぐに壁に隠れ、ストーンウルフが立ち去るのを待つか迂回してやり過ごした。


 だけど。


「チクショウ……よりによって……!」


 何とか時間をかけてたどり着いた第十一階層へと繋がる階段の前には、三体のストーンウルフが寝そべっていた。


 まるで……俺達を待ち構えているかのように。


「どうする……このままストーンウルフが立ち去るまで待つか? それとも……」


 一か八かで、あのストーンウルフの間を駆け抜けて階段を下りるか。


 ストーンウルフが立ち去るのを待つ場合、それがいつになるのか全く読めない。最悪、あの場所から動かない可能性だってある。

 じゃあ、決死の覚悟でストーンウルフの間を駆け抜ける場合……[ゴブ美]ならそれも可能だが、この俺はそんなの無理だ。

 あっという間に追いつかれ、そして……。


 最悪の状況が俺の脳裏に浮かぶ。


「っ! ダメだ! もっとよく考えろ!」


 俺はブンブン、と頭を振って思考をクリアにする。

 そういえば、今何時だ?


 ポケットからスマホを取り出して画面を見ると、時刻は昼の十二時半を表示していた。


「……先輩がこの“ダグラス塔”領域エリアにやって来るのは午後二時。あと一時間半、だ……」


 最悪、それまでここで待ち続けるか?

 でも。


「いや……先輩は俺達が第十二階層まで来てるだなんて知らない。第五階層まで行って俺達の姿が見えなかったら、帰ったものだと判断してこの領域エリアから立ち去るだろうな……」


 つまり、俺達は先輩を当てにできないってことだ。


「上の階層の時みたいに、この階層の罠を利用して落とすか……?」


 そう考えるが、無理だということにすぐ気づく。

 あれは跳躍もできないコモドドラゴンだからこそできた戦法だ。ストーンウルフだと、穴なんて軽々と飛び超えてしまう。


「で、俺達はその勢いのままストーンウルフにガブリ、とやられてしまうな……」


 ダメだ、この戦法も使えない。

 とはいえ、この階層にある罠は落とし穴が三か所あるだけだ。しかも、俺達にはストーンウルフを倒す方法が……いや、まてよ?


「確か、落とし穴の場所は……」


 階層の中央にある十字路と、ゴブリン達のいる第十三階層へつながる階段付近、そして……。


「っ……ははっ!」


 俺は思わず笑みを漏らす。

 これなら……ストーンウルフを倒せないまでも出し抜くことができるかもしれない!


「[ゴブ美]……これは、俺とお前の連携こそがカギだ。だから……」

『…………………………(コクリ)』


 [ゴブ美]が覚悟を決めた表情を見せる。


 ああ……やってやろう。

 そして、俺達は帰るんだ!


 ◇


「おい」

『『『ッ!』』』


 俺と[ゴブ美]は、階段の前に陣取るストーンウルフの前に姿を見せると、寝そべっていた三体は素早く起き上がり、うなり声を上げ始めた。


「はは、何だよ。俺達とやり合おうってのか?」

『『『……グルル』』』


 俺があおるように嘲笑ちょうしょうを浮かべながら肩をすくめると、ストーンウルフはジリ、ジリ、と俺達と間合いを詰めてきた。

 どうやら俺の挑発に乗ってくれたみたいだ。とはいえ、間を詰められて一気に飛び掛かられてしまったら、あっという間にやられてしまう。


 だから。


 ――ダッ!


『『『ッ!?』』』


 俺と[ゴブ美]はクルリ、ときびすを返すと、一目散に走って逃げ出した。

 当然、ストーンウルフも俺達を追いかけてくる。


 そうだ、もっと俺達を追いかけてこい。


 突き当たりの角を曲がり、そのまま真っ直ぐに進むと……目の前は行き止まりだった。


「クッ……!」


 俺達は行き止まりの一番奥まで行くと、壁に背を向けて迫り来るストーンウルフを見据みすえる。


「まだだ……まだ……!」


 みるみる近づいてくるストーンウルフと俺達との距離とタイミングを見計らうと、ストーンウルフが床を力強く蹴って飛び掛かってきた。


「っ! 今だ!」


 俺は床を思い切り踏み込み、仕掛けられている罠を発動させると。


『『『ッ!? ギャウッ!?』』』


 ストーンウルフ達の視界から俺達が突然消え、勢い余って行き止まりの壁に頭から激突した。


「よし!」


 俺は落とし穴に落下する直前、その穴のへりにかろうじて指をかけながら歓喜の声を上げる。

 だけど……その指がずるり、と一本ずつはがれ、そして。


「っ!?」


 俺の身体は落とし穴の中へと落ち……なかった。


「はは……ナイスタイミング」

『(コクコク!)』


 穴の上から、[ゴブ美]が俺の腕をしっかりとつかんでくれていたから。


 今回の作戦は[ゴブ美]がカギだった。

 俺が罠を作動させて自ら落ち、その敏捷性でストーンウルフの攻撃をかわした[ゴブ美]が素早く俺を救出する。


 これは、俺達のチームワークの勝利だ。


「ふう……」


 俺は[ゴブ美]に引き上げてもらって落とし穴から脱出すると、深く息を吐いた。


「さあ、急いで階段に駆け込むぞ! ストーンウルフが上がってこないうちに!」

『(コクコク!)』


 俺達は落とし穴の中でもがくストーンウルフを尻目に、大急ぎできた道を戻って階段を目指す。


「見えた!」


 この通路を真っ直ぐ駆け抜けたら、階段は目の前だ。


 さあ……あと少し……っ!?


『ガアッ!』


 突然、通路脇から一体のストーンウルフが飛び掛かり、今まさに俺の喉笛にその牙を……。


「オオオオオオオオオオオオッッッ!」


 ――斬ッッッ!


 その直前で、ストーンウルフが俺の目の前で一刀両断にされた。


「望月くんっ!」


 俺の名前を呼んだその人が、半割りになったストーンウルフの向こうに見える。


「あ、ああ……!」


 ここにいないはずの女性ひとの姿だった。

 でも……間違いない……間違えようがない……。


 だって、その女性ひとは……!


 ――俺の憧れの女性ひと、桐崎サクヤ先輩なのだから。

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