第9話 先輩の申し出

「グス……す、すいません……」


 しばらく大泣きした後、ようやく落ち着いた俺は、目をこすりながら桐崎先輩に謝罪する。というか、いきなり泣き出してかなりカッコ悪いな……まあ、それは今さらだけど。


「ほ、本当に驚いたぞ……だけど、何か理由があるのか? 私でよければ相談に乗るぞ?」


 先輩は心配そうに俺の背中をさすりながらそう話しかける。

 そして、先輩の俺を見るその瞳は柔らかくて、とても温かった。


「い、いえ……大丈夫です……!」

「そ、そうか……」


 俺はこれ以上先輩に心配かけたくなくて、無理やり笑顔を作った。

 先輩も俺の思いに気づいたのか、それ以上は何も聞いたりしなかった。


「さ、さあ! それじゃあ帰りましょう! ここから先は、俺と[ゴブ美]が露払いしますから!」

「あ、ああ、それじゃ任せるよ」

「はい!」


 俺は気合いを入れるために、両頬をパシン、と叩いた。


「さあ! 行くぞ[ゴブ美]!」

『(コクコク!)』


 [ゴブ美]も先輩の言葉が嬉しかったんだろう。

 幽鬼レブナント相手に、かなり気合いが入っていた。


 そして。


「ふう……」


 領域エリアの扉の前までたどり着き、俺は額の汗をぬぐった。

 ここまで、幽鬼レブナントはそれなりに出現し、時には複数出現した場合もあったが、上手く一対一になるように戦略を立てながら戦ったおかげで、特に危なげなく倒すことができた。


 これからの育成計画を踏まえても、対幽鬼レブナントの戦法が確立できたのは、大きな収穫だったな。


「望月くん」


 俺が満足していると、桐崎先輩が真剣な表情で声をかけてきた。


「え、ええと、どうしました……?」


 先輩のただならぬ様子に、俺はおそるおそる尋ねる。


「君がこの初心者用の領域エリアに入ったのは、今日の授業での見学を含め、これが二回目だと思うが、間違いないな?」

「は、はあ……」


 質問の意図が分からず、俺は気の抜けた返事をした。

 俺、なにかやらかしたのかなあ……。


「君の幽鬼レブナントとの戦い方は、明らかに一対一を想定したものだった。幽鬼レブナントと戦うのは今日が初めてであるにもかかわらずだ」

「あー……」


 そういうことか……。

 確かに、見学では五人……最低でも四人の班で見学するから、一対一で幽鬼レブナントと戦う機会なんてほぼない。

 なのに、俺は苦もなく一対一で戦っていた。それも、手慣れた様子で。


「改めて聞こう。君は、どうしてこうも見事に一人で戦えたんだ?」


 先輩は有無を言わさないとばかりに俺を見据える。

 やっぱり……答えないと駄目かー……。


「……実は、担任の先生から、初心者用の領域エリアの見学は一人でするようにって言われまして……」

「それはどうしてだ?」

「はい……」


 俺は昨日と今日の出来事について話した。


 昨日の教室での自己紹介の際に、クラスメイトや担任の先生から[ゴブ美]の見た目とステータスを馬鹿にされ、いたたまれなくなって勝手に教室を飛び出して家に帰ったこと。

 そして、今日の見学についての説明の時、担任の先生から団体行動を乱した罰として、初心者用の領域エリアを一人で見学するように指示されたこと。


「……だから俺は、見学の時も幽鬼レブナントと常に一対一で戦っていて、それで……」

「そうか……分かった、ありがとう」


 先輩はそう言って頷いた。

 だけど、真紅の瞳は怒っているようにも見えた。


「……なあ、望月くん」

「? はい……」

「君さえよければ、また一緒に領域エリアの探索に付き合っても良いか? もちろん、この初心者用の領域エリアだけでなく、グラハム塔“領域エリアなども含めて、な」

「っ!」


 先輩の予想外の申し出に、俺は思わず息を飲んだ。

 もちろんそれは、俺達が今後強くなる上で、ものすごくありがたい申し出だった。


「は、はい! もちろんです! ……ですが、多分俺は、しばらくはこの初心者用の領域エリアを中心に探索……いえ、訓練をすると思いますので、ここ以外の領域エリアの探索の時にお願いしてもいいですか?」


 俺はせっかくの先輩の申し出に対し、申し訳ないと思いながらもそう答えた。

 だって、俺達の最大の目的は、“ぱらいそ”領域エリアにあるんだから。


「ふふ、もちろんそれで構わないとも。私はこの学園の領域エリアはほぼ全て踏破しているから、君にとって有益だと思うぞ」

「! は、はい! ありがとうございます!」


 俺は先輩に向かって深々とお辞儀をした。

 それを見た[ゴブ美]も、俺にならってお辞儀をする。


「うん、やはり君達はいいな。これから楽しくなりそうだ」


 そう言って先輩は優しく微笑むと、手を振りながら去っていった。


「さて……じゃあ行くか」

『……(コクリ)』


 先輩の背中を見送り、俺達はまた初心者用の領域エリアに入ってあの部屋・・・・へと向かう。


 そして。


「さあて……いよいよだ。[ゴブ美]、準備はいいか?」

『(コクコク!)』

「よし、じゃあ行こう!」


 俺と[ゴブ美]は、“ぱらいそ”領域エリアへと繋がる扉をくぐった。

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