第8話 可能性

「…………………………」


 現在、初心者用の領域エリアの第三階層。

 桐崎先輩の精霊ガイストのとてつもない強さと美しさに、俺は声を失っていた。


 確かにここは、数ある領域エリアの中で一番レベルが低いけど、それを差し引いても圧倒的だった。


「うん……やはり初心者用の領域エリアだから歯ごたえはないものの……ふふ、懐かしいな」


 先輩が微笑む中、彼女の精霊ガイスト……[関聖帝君かんせいていくん]が青龍偃月えんげつ刀で薙ぎ払うと、幽鬼レブナントはたちまち爆散してその姿を幽子とマテリアルに変える。


「? どうした?」


 そのすさまじさに口を開けて呆けていた俺達に、先輩は不思議そうに尋ねた。


「はえ!? あ、ああいえ……先輩がすごすぎて……」

「ふふ、そうか。確かに私の[関聖帝君]は、この学園でも最強に近いからな」


 俺が度肝を抜かれたことに気を良くしたのか、先輩は嬉しそうに微笑んだ。


「せっかくだから、ステータスも見せてあげよう」


 そう言うと、先輩がガイストリーダーを取り出し、画面をタップした。


「ほら」

「おお……! すごい……!」


 —————————————————————

 名前 :関聖帝君

 属性 :軍神(♀)

 LV :67

 力  :SS

 魔力 :C

 耐久 :S+

 敏捷 :A

 知力 :A+

 運  :B

 スキル:【一刀両断】【乱戦】【大喝】【威圧】

【統率】【物理攻撃耐性】【状態異常無効】

【水属性弱点】

 —————————————————————


 うおおおお! なんだよこのステータス! シャレにならんぞ!

 でも、確か『まとめサイト』では先輩の精霊ガイストはレベルが八十を超えていて、最強スキルの【千里行】があったはず。


 つまり、まだ先輩も成長途中だってことだ。


 まあ、先輩はラスボス直前の最後の敵だし、主人公達相手にたった一人で戦った訳だからな……これくらいのステータスあって当然だろう。


 でも。


「そ、その……弱点まで書いてありますけど、俺に見せても良かったんですか?」


 俺は先輩におずおずと尋ねる。


「ふふ、気にしなくていい。見られて困るようなものでもないし、それに、君は私と戦うつもりなのかな?」

「とと、とんでもない!」


 先輩の言葉に、俺は慌てて首を左右に振った。

 というか、こんな化け物みたいな先輩と戦ったら、それこそ俺の命がいくつあっても足らない。


「ふふ、そうか。それはそうと、さっきから私ばかりが幽鬼レブナントの相手をしていては君も退屈だろう。ここから帰りまでは、君にお願いしようかな」

「あ、お、俺……」


 先輩にそう言われ、俺は少し躊躇ちゅうちょしてしまう。


 先輩の精霊ガイストのあんな姿を見せつけられた後で、俺の[ゴブ美]を見たら……。


「? どうした?」

「あ、い、いえ……何でもありません……」


 俺は、帰りの道中で幽鬼レブナントが現れないことを必死で祈りながら、足早に進む。


 だけど。


「ん、では頼むぞ」

「は、はい……」


 チクショウ、やっぱり出やがった……。


 俺は唇を噛みながら、覚悟を決める。

 ……今さら誰かに馬鹿にされたところで、俺達は見返すくらい強くなるんだ。

 だから、先輩に見限られたって……!


「[ゴブ美]!」


 意を決し、俺は[ゴブ美]を召喚する。


「行け!」

「(コクコク!)」


 [ゴブ美]は力強く頷くと、その素早さを活かして最弱の幽鬼レブナントである“ホーンラット”に襲い掛かる。


 ホーンラットは小さく素早い幽鬼レブナントのため、なかなか当たりづらいが、一応[ゴブ美]もスピードタイプのため、同じ速さで追い詰める。

 ただ……攻撃力が弱いため、ホーンラット相手にすら、倒すまでに数回ダメージを与えないといけない。

 だから、仮に幽鬼レブナントが複数だった場合は、こちらが圧倒的に不利になる。


 つまり、俺達はこんな初心者用の領域エリアですら、攻略するのも命がけだってことだ。


 ホーンラットを倒し、[ゴブ美]が意気揚々と俺の元へと駈け寄って来る。

 でも、俺の顔を見た途端、心配するような表情を見せた。


「……終わりました」


 俺は無理やり声を絞り出し、先輩に告げる。


 多分、先輩は俺に失望しただろう。

 わざわざ俺のために初心者用の領域エリアの探索を買って出てくれたのに、俺達があまりにも弱いから。


「ふむ……なかなか興味深いな」

「…………………………え?」


 だけど、先輩から出てきた言葉は予想していないものだった。

 てっきり先輩からは、馬鹿にするような言葉か、あるいは心のこもっていない慰めの言葉をかけられるものだと思っていたのに……。


「そ、その、興味深い……とは?」

「ん? ああいや、そのように精霊ガイストと心を通わせているなんて、珍しいと思ってな」

「ああ……」


 それはそうだ。

 俺と[ゴブ美]は、一緒に強くなろうと心に誓った、いわば分身なんだから。


「ふふ……人によっては精霊ガイストを便利な道具程度にしか考えていないというのに、君……いや、君達には非常に好感が持てるよ」

「あ……」


 意外だった。馬鹿にされると思っていた。

 でも、先輩はこんな俺達をそんな風に評価してくれた。


「そ、その! [ゴブ美]の見た目に、何も思わないんですか? 俺達の弱さに、何も感じないんですか?」


 俺はよせばいいのに、先輩に強く問い掛ける。

 クラスの連中や担任の先生だって、俺達を見て嘲笑ちょうしょうし、ゴミを見るような視線をぶつけてきたんだ。

 だから、先輩だってそう思ってるはずだって……!


「? 何を言っている。精霊ガイストの強さなんて、これから鍛えてレベルが上がれば、強くなっていくじゃないか。それに、クラスチェンジをすればさらに飛躍的に強くなる。まだ入学したばかりの段階で見限るなんて、それこそ愚の骨頂だろう」


 先輩はさも不思議そうに、そして、当然とばかりにそう告げた。


「見た目に関しても、私は君の精霊ガイストは可愛いと思うぞ?」


 そう言うと、先輩がニコリ、と微笑んだ。


「あ……ああ……!」


 もちろん、先輩は[ゴブ美]のレベルが上がっても……クラスチェンジをしても、ほとんど強くならないことを知らない。

 だから先輩のその言葉は、その事実を知っている俺にとって、ある意味残酷で無責任だってことも理解している。


 でも……それでも……。


「ああああああああああ……っ!」

「お、おい!? 望月くんっ!?」


 俺は、先輩のその言葉が……嬉しかったんだ。

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