第10話 第一歩

 扉の向こう側は、心が奪われそうになるほど神秘的な空間だった。


 熟した実のなる木々が立ち並び、清らかな水が流れる小川、今まで見たことがないような美しい花……。

 大理石で建てられた純白の神殿もあり、ここはまさに“楽園パライソ”そのものだった。


「ここに、真の・・ラスボスがいるのか……」


 俺はそう呟くが、実は、俺的にはその真のラスボスを倒すつもりはこれっぽっちもない。

 あの『まとめサイト』によると、元々この領域エリアはゲームクリア報酬の一つで、要は本編では物足りないゲーマーのための腕試し用として用意されたものなのだ。


 なので、この領域エリアに出現する幽鬼レブナントは圧倒的に強く、今いるこの一番最初の階層でも、最低レベルが八十となっている。


 つまり……最終決戦の桐崎先輩クラスが雑魚扱い・・・・ということだ。


「……絶対に見つからないように、慎重に行くぞ」

『……(コクリ)』


 俺の言葉に、[ゴブ美]が緊張した様子で頷いた。


 俺達は、『まとめサイト』のマップの通り進む。

 少しだけ遠回りになるが、このルートなら敵に遭遇せずに目的の場所にたどり着けるらしい。というか、俺が頭の中で何度もシミュレーションして導き出したものだ。


「大丈夫だよ、[ゴブ美]。絶対に上手くいくはずだから」


 俺は[ゴブ美]にそう言いながら、ゆっくりと進んで行く。

 ……いや、今のは自分に言い聞かせただけだな。


「っ!?」


 十字路に差し掛かり、通路の向こうに彫刻の女性像のような姿をした幽鬼レブナントがいた。

 でも、実際の能力は圧倒的で、先輩の[関聖帝君]が可愛く見えるほど……といっても、[関聖帝君]はそもそも可愛いんだけど。


 とはいえ。


「これも『まとめサイト』の通り、だな」


 もちろん、ここに幽鬼レブナントが配置されていることは、『まとめサイト』にバッチリ書かれていた。

 当然、そのやり過ごし方も。


「[ゴブ美]……今、あの幽鬼レブナントは向かって左を向いているから、この後すぐに右に九十度回転するはず。そうして後ろを見せた瞬間に、一気に向こうの通路まで走り抜けるぞ」

『(コクコク!)』


 俺達は唾を飲み込み、通路の陰からジッと幽鬼レブナントを見つめる。


「っ! 今だ!」


 幽鬼レブナントが後ろを見せたタイミングと同時に、俺達は向こう側の通路目がけて全力で走る。


 一気に走り切ると、すぐに幽鬼レブナントの様子を確認するが……。


「ふう……どうやら上手くいったみたいだな」


 深い息を吐いて安堵すると、俺は[ゴブ美]とハイタッチする。

 ここから先は、もう幽鬼レブナントと遭遇するところはないはず。


 俺達は引き続き慎重に進んで行き、そして。


「着いた……!」


 そこは、通路の行き止まりだった。

 だけど、ここにこそ俺達が求めるもの・・・・・・・・があるんだ。


「さて……それじゃ」


 俺は行き止まりの壁へと向かって、床を丁寧に確認しながら進む。


 ――カチリ。


「……ここか」


 床がほんのわずかに沈み込むと、目の前に古ぼけた木箱が現れた。

 俺はヒューズボックスからあらかじめ入れておいた拳大の石を取り出し、沈み込んだ床に置いた。


「さあ……目的の物が入っていてくれよ……!」


 木箱の前に立ち、俺はおそるおそる木箱の蓋を取ると。


「おお……!」

『……!』


 中には、俺達が求めていた物……“疾走丸”が入っていた。


 “疾走丸”は、精霊ガイストがこれを飲めば、ほんの少しだけ速度のステータスを上げることができるという消費アイテムだ。

 といっても、疾風丸自体は珍しいものでもなく、初心者用の領域エリアの次に難易度の低い“グラハム塔”領域エリアでも、大体一つ二つは手に入れることができる程度の価値でしかない。


 だけど、俺達にとってはここで入手することに意味があるんだ。


「[ゴブ美]」

『……(コクリ)』


 名前を呼ぶと[ゴブ美]は頷き、木箱から疾走丸をつまむと、それを口に入れて飲み込んだ。


「どうだ……?」


 俺はおそるおそる[ゴブ美]に尋ねる。

 すると……[ゴブ美]は舌を出しながら顔をしかめた。

 どうやら疾走丸は思いのほか不味いみたいだ……って、そういうことじゃなくて!


「俺が聞きたいのは、どこか身体に変化とかはないかってことだよ!」


 そう言うと、[ゴブ美]は確かめるように身体を動かしてみるが、あまり変わっていないのか、[ゴブ美]は首を傾げて肩を竦めた。


「まあ……ほんの少し・・・・・しか上がらないらしいしな……」


 俺は少しだけ落胆する。

 でも、俺達にはもう、これしか残されていないんだ。


 ということで。


「よし。[ゴブ美]、急いでこの領域エリアから出るぞ」

『(コクリ)』


 俺達は来た道を戻り、例の幽鬼レブナントをやり過ごして初心者用の領域エリアへと戻った。


「け、結構疲れたなあ……」


 俺は膝に手を置き、少し肩を落とした。

 いや、既に初心者用の領域エリアの探索をしていることと、“ぱらいそ”領域エリア幽鬼レブナントに対する緊張ストレスもあり、疲労感が半端ない。


 でも。


「さーて……もう一回、“ぱらいそ”領域エリアに行こうか」

『! (フルフル)』


 [ゴブ美]は俺の前に立ち、両手を広げてかぶりを振った。


「……なんだよ、ひょっとして俺の身体を気遣ってくれてるのか?」

『…………………………(コクリ)』


 どうやらそういうことらしい。


「ハハ、ありがとな。でも、ここで手を抜く訳にはいかないんだ。俺と[ゴブ美]が強くなるために。だから、さ」

『…………………………』


 そう言って[ゴブ美]の頭を撫でてやると、[ゴブ美]は渋々と言った表情で両手を下ろした。


「さあ、もう一回行くぞ」

『……(コクリ)』


 俺とゴブ美は扉をくぐり、またあの行き止まりへと向かうと、そこには一回目の時と変わらず木箱が置かれていた。


「よし!」


 それを見て、俺は思わずガッツポーズをする。

 何故なら、これこそが俺達が強くなるための必須条件なのだから。


 木箱の傍に駆け寄って俺は蓋を開けると、中には疾走丸・・・が入っていた。


「『まとめサイト』の通り、だったな……」


 あの『まとめサイト』に書かれていた内容。

 それは……ゲームのバグで、床の仕掛けを踏み込んだままにしておいて領域エリアから出ると、その仕掛けは未作動扱いとなって、“ぱらいそ”領域エリアを出入りするたびに何度でも疾風丸が復活する・・・・というものだった。


 とはいえ、疾走丸の効果自体が大したものでもなく、しかも初心者用の領域エリアを除くどの領域エリアでも見つかることから、全く重宝されていなかったらしいけど。


 でも。


「……それでも、俺達にとっては唯一の可能性なんだ」


 たとえ疾走丸をいくつも飲んでも、強化できるステータスは『敏捷』だけしかない。

 だけど、たった一つだけでも、主人公を超えることができるんだ。


「さあ、[ゴブ美]」

『(コクリ!)』


 [ゴブ美]が今日二つ目となる疾走丸を飲み込む。


 俺達は今日、強くなるための第一歩を踏み出したんだ。

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