第5話 もったいないこと

「なんでって……将来の夢のためだよ。いっぱい勉強して、高校行って大学行って、夢を叶えたいもん」


 成瀬は「ふーん」と納得していないような返事をした。


「どこかおかしい?」


 私が問うと、成瀬は首を振る。


「おかしいとは思わない。俺は別に夢とかねーし。ただ、お前が勉強してる時、つまんなそうな顔してたからさ」

「そりゃあ勉強はつまんないよ。将来のためにやらざるを得ないだけ」


 平然を装って答えたけど、そんなに顔を見られていたかと思うと恥ずかしかった。

 成瀬はまだ納得のいかない表情をしている。


「でもさ、そもそも将来ってのが来なかったら、どうすんの?」

「え?」

「俺らみんな、いつかは死ぬじゃん?それって、ずっと先のじーさんばーさんになった頃のことだって考えがちだけど、ひょっとしたら明日、死んでしまうかもしれないよな」

「まあ、可能性はあるよね……事故とか突然死とか」


 最近の私は、ただがむしゃらに勉強するだけで、そんなことを考えてもいなかった。だから成瀬が何を考えているのか、ますます気になってきた。


「俺はさ、ただつまんねー思いをしたまま死にたくねーの」

「だからいつもふざけてるの?」

「ふざけてるつもりはない。楽しいことしようとしてるだけ」


 成瀬の破天荒な行動は、目立ちたいとか、ちょっと悪そうなことをしたいとか、大人に逆らっていたいとか、そんな動機なんだと思っていた。



 彼はただ、「楽しいことをしたい」という純粋な気持ちで行動しているだけだった。



「俺だって、校長室に呼び出された時はいよいよヤバイか……って思ったし、野球できなくなった時はくそっ!て思った。でも、いちいちしょげてたらつまんねーもん。だったら楽しいことした方がよっぽどいいじゃん」


 そう断言する成瀬はなんだか輝いて見えた。夕日が差し込んでいたからそう見えただけかもしれない。


「そんな俺からしてみると、丸山はつまんなさそうに見える」

「私?」

「うん。だってお前さ、全然先生に怒られるようなことしないし、いっつも真面目に勉強してるし」

「まあ、内申とか学力とか将来のためだから……」

「ほーら、また言ってるよ。そうやって『将来のため』って言って今を犠牲にしていくんだろ?」

「そ、それが何か悪い?」


 なんだか成瀬に自分を否定されたような気がしてカチンときた私は、少し強めに聞き返した。


「悪いっていうかさ……来るかわかんねー将来のために、正しいって言われてることだけやって、他のいろんなこと我慢するのって、なんかもったいねーなって思うだけ」

「なんで?」



「だって今は今しかないじゃん」



 核心をついた成瀬の言葉に、思わず黙り込んでしまった。

 当の本人は自分の放った言葉が、私にどれほどの衝撃を与えたかなんて知る由もなく、ふわ〜とあくびをして言った。


「てことで今という時間を少しでも楽しくするために、そこにあるボール、早くパスしてくーださいっ」


 私は足元に転がってきていたサッカーボールの存在をすっかり忘れていた。

 ああ、ごめんと軽く謝まりながらボールを蹴った。



 ボールは机と机のわずかな隙間を真っ直ぐ転がっていった。

 こう見えて私は小学生の頃、サッカークラブに所属していた。このくらいのボールのコントロールには自信がある。


「へー、意外と上手いじゃん。もっとヘロヘロの球しか蹴れないんだと思ってた」

「だって私、サッカークラブに入ってたもん。結構上手い方だったんだよ」

「でも勉強ばっかしてる今は体重も増加して、重くて動けねーんじゃねーの?」


 成瀬はケラケラと笑う。


「う、動けるし!」

「ふーん、じゃあ俺からボール取ってみろよ」



 教室でボール遊びをしてはいけません、なんて小学生でもわかることだ。

 でもその時の私にとって、そんなことはどうでもよく思えた。


 いや、どうでもいいというか、そうしていたかった。

 だから私は


「望むところだ!」


 と言って、教室の後ろへ行った。




































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