第3話 学校一のやんちゃ坊主
彼と出会ったのは、中学1年生の春だった。
真新しい制服とクラスの雰囲気にみんなが慣れてきた頃、隣の席の彼は突然私に話しかけてきた。
「なあ〜、
「何?」
「セックスって知ってるか?」
予想だにしない言葉に、思わずうろたえる。
そんな様子の私を見て、彼、
成瀬は絵に描いたようなお調子者だった。
騒がしい男子集団の中心には必ずといっていいほど成瀬がいる。いつもふざけていて、やることなすことお子様だった。
クラスの雰囲気を盛り上げてくれるのはいいんだけど、たまに度が過ぎる。男子たちは大笑いだが、女子は引き気味だ。
そんな彼を私も愛想笑いを浮かべ、時に冷ややかな目で見ていた。
絡まれると面倒なので、なるべく成瀬とは関わらないようにしていた。
しかし神様というのは意地悪で、なぜか私は成瀬と席が近くなることや活動するグループが一緒になることが多かった。必然的に、嫌でも関わることが多くなる。
ある夏の掃除時間のことだ。
私たちの班は廊下掃除だった。成瀬はバット代わりのほうきを構え、同じ班の男子が投げる丸められた雑巾をかっ飛ばし、今日も元気に野球をしている。
と思ったら、とことこ私のもとへやって来た。
「なあ〜、丸山」
このセリフに続く言葉には、ろくなものがない。
雑巾掛けをする手を止めず、私は「何?」と尋ねた。
「暑いんだけどー」
「はい?」
思わず手を止めて顔を上げる。成瀬は汗をかき、ワイシャツの胸元をパタパタして風を送り込んでいた。
暑いんだけどーって何?私にどうしろっていうの……。
「そりゃ、夏だもん。私だって暑いよ」
「だよなー暑すぎるー」
「そんなに暑いなら、顔でも洗ってくれば?」
「おぉ!そうだな。そうしよっと!」
成瀬は軽い足取りで、鼻歌を歌いながら手洗い場へ歩いていった。さっきまでだるそうにしていたと思ったら、すぐに上機嫌になった。百面相かってくらい、顔がコロコロ変わる。
手洗い場へ向かう成瀬の後ろ姿を見届けると、私は掃除を再開した。
顔を洗ってすっきりしたのか、成瀬はまた野球を始めていた。しかし、さっきより覇気がない。そして、ぽつりと呟いた。
「つまんねー」
どうやら、掃除用具での野球に飽きてしまったらしい。成瀬は野球部に所属しているので、もっと広い場所で、金属バットを使い、思いっきりボールをかっ飛ばす方が気持ちがいいのだろう。
掃除用具野球をやめてくれたのはいいことなのだが、私の胸はざわついていた。
遊びに飽きた成瀬の口から「つまんねー」という言葉が発せられる。
それは、もっとやばい遊びが始まる合図だからだ。
「あ!」
何かを思いついたように成瀬が声を上げる。
近くにいた男子生徒を集め、こそこそと会議を始めたかと思うと、今度は男子を引き連れて、再び手洗い場に向かった。
次は何をするんだ……と思った矢先、何やら手洗い場の方から楽しげな声が聞こえてきた。
見てみると、成瀬は水道から流れる水を手ですくい、男子と水をかけ合って遊んでいる。本当に小学生みたいだ。
「ほら、お前らもやろうぜ」
成瀬の楽しいという気持ちは伝染していくらしく、仲間は続々と集まり、水かけ遊びはヒートアップしていく。注意する女子の声も耳に入らないのだろう。手洗い場の周りはすでにびしょびしょだ。
しまいには手で水をすくったまま、教室へ逃げた生徒を追うために廊下を疾走する始末。廊下にはポタポタと水の跡が作られた。誰かが滑ると危ないので、私が拭き取っておいた。本当に仕方のないやつ……。
教室から戻って来た成瀬は、今度は廊下の曲がり角で待機し、歩いてくる生徒に水をかけるようだ。
手から水がこぼれないよう、慎重に運びながら曲がり角に到着すると、この上なく楽しげな表情を浮かばせて待機している。
そして曲がり角に人影が見えると、すぐさま手からバシャッ!と水を放った。
その瞬間、成瀬を含む、一連の光景を見ていた生徒たちは凍りついた。
成瀬が水をかけてしまった相手は、学校一怖いと恐れられている隣のクラスの担任教師だったからだ。
その後成瀬がどうなったのかは言うまでもないだろう。
このように成瀬は破天荒な行動を繰り返し、二学期の終わりには「生徒指導室呼び出し回数全校トップ」の称号を手に入れた。
一体成瀬は何度呼び出され、説教され、反省文を書かされたのか、私は知らない。ただ、何度怒られてもめげないその精神には感心していた。
そんな日常を繰り返すうちに、1年はあっという間に過ぎ、また春が来て、私たちは中学2年生になった。
クラス替えで成瀬と教室が離れたこともあり、私たちの接点はほぼ皆無となった。私にも平穏なスクールライフがやって来たのだ。
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