第2話 迫られる選択
高校に入学してすぐ、私はずっと憧れていた軽音部に入部し、同級生5人でガールズバンドを結成した。
初めは「たまたま寄せ集められた5人」という感じだったけれど、毎日みんなで練習していく中で、休日にもメンバーで集まって遊ぶほど打ち解けていった。
特に、メンバーで唯一同じクラスである、ギター担当の
私たちは高校1年生の時から毎年、この夏祭りのライブステージに参加している。
もちろん今年も参加するつもりで練習していた。
来年からはこのライブステージもなくなってしまうし、みんな就職や進学で離れ離れになるからだ。
しかし、私の父は許さなかった。
「うかうかと遊んでいないでそろそろ勉強したらどうだ」
「別に遊んでいるわけじゃ……それに、みんなと出られるのも今年で最後だし……」
「いいか。大学受験ってのは人生の大きな分かれ道だ。その後の人生を左右してくる。それをわずか数分の演奏のために犠牲にするのか」
「……」
「夏は受験の天王山というだろう。ライバルたちは夏から一気に追い上げてくるんだ」
父は有名国立大学を卒業し、大手企業に勤めているエリート。
対して私はあまり成績が良くない。父の言っていることは悔しいが説得力があり、言い返す言葉も見つからない。
黙りこくる私に父は諭すように言う。
「
実際、その時点で私の第一志望校の判定はE判定だった。
私も将来の夢があるのでちゃんと勉強しなければという気持ちはあったし、塾の先生からも毎日塾へ来るよう勧められていた。
それでもなんとか合間を縫って、できるだけ部活に行くようにしていた。
しかし、日々のスケジュールはかなり厳しかった。
ある日の昼休み。
昼食を終えた私は、渡り廊下からぼんやりと外を眺めていた。
本来受験生は、休憩時間も机に向かって勉強したり、友達と問題の出し合いをしたりするものなのだろうけれど、私はどうしてもやる気が起きなかった。
「優衣」
声のした方を向くと詩音がいた。よっと手を挙げている。
私が手を振り返すとニコっと笑い、パタパタと上履きを鳴らしてこちらに向かってきた。二人並んで、外を眺める。
すると何やら視線を感じ、顔を向けると、詩音がじっと私を見つめていた。
「どうしたの?」
「なんかさ……優衣疲れてない?」
疲れている雰囲気をなるべく出さないようにしていたので驚いた。
「そ、そうかな?別にそんなことはないけど」
「受験勉強、忙しいんじゃないの?」
「まあ、忙しくない受験勉強なんてないでしょ」
無理やり笑って応える。
疲れていると認めてしまうと、そのまま逃げの態勢に入って、何かを失ってしまう気がした。
「優衣って国立大学受けるんでしょ?偏差値めっちゃ高いとこ」
「うん。受かるかは分かんないけどね……」
「メンバーのみんなも心配してたんだ」
「え?」
「最近、優衣すごく忙しそうだし、なんていうか……部活が足かせになってるんじゃないかって」
みんながそんなことを考えていただなんて、思ってもみなかった。
「足かせだなんて思ってないよ!私バンド大好きだし……!」
「それはもちろんわかってるよ。でもさ、優衣にも夢があるんでしょ?」
「うん……」
「優衣の人生は優衣のものだからさ。私たちのことは置いといて、優衣はどうしたいのか考えて欲しい」
「……」
私は要領がよくない。確かにこのまま勉強と部活を両立させるのは厳しかった。だから、どちらかに選ばざるを得ない。
自分の至らなさが悔しくて仕方なかった。
そして私は受験勉強の方を選んだ。
最後に部活に顔を出し、メンバーに謝罪した。夏祭りに向けて猛練習していた時期にいきなりメンバーが1人いなくなるのは非常に困ったと思う。
私の担当はギターボーカルだったので、心配で尋ねると
「みんなで分担してやるから大丈夫」
「気にしないで勉強頑張って!」
「息抜きしたい時は部室においでよ」
「いつでも待ってるから」
と嫌な顔ひとつせず、笑って言ってくれた。本当にいいメンバーに、いい友達に恵まれたと思っている。
応援してくれるみんなのためにも、絶対合格したい。
今日の模試もいい判定が出せるように頑張るぞ!
そんなことを考えながら歩いていると、塾の前にたどり着いた。
入り口の扉を開けると、クーラーの効いた塾内の冷気がふわっと流れてくる。
模試は一番広い講義室で行われる。すでに半分以上の生徒が席に着き、参考書を開いたり、単語帳をめくったりと黙々と勉強していた。
私も講義室の入り口に貼られた座席表で自分の名前を探し、席に向かった。
最初の科目は英語だった。
リーディング対策として英単語を重点的に勉強していたのだが、わからない単語がいっぱいだった。
「boring」ってどういう意味だったっけ?
続いては国語。
英語で点数を落としてしまったので、国語で巻き返しを図る。いくつか覚えていない古語が出てきて焦る。
「きょうなし」ってどう訳せばいいんだろう……。
お昼休憩を挟んで午後最初の科目は、私が最も苦手としている数学だ。
問題文を読んでも何をすればいいのか分からず、手も足も出ない。所々頑張って解いたが、解答用紙が埋まる気配は一向にない。120分の試験時間が、とてつもなく長く感じられた。
次第に考えることが問題から逸れていく。
今頃、みんなは何をしているんだろう。そろそろイベント参加者用のテントの中で待機する頃かな。そしたらセトリの最終確認をして……
1年前の同じ時間に一緒に過ごしていたメンバーが、遠くの存在になってしまったみたいだ。
どうして自分が今ここで模試をしているのか、そんな目的も見失ってしまいそうなほどの寂しさと羨望に襲われる。
私もみんなと一緒に出たかったなあ……。
あーーー模試なんてつまんないつまんないつまんないつまんない……!
そう心の中で叫んでいると、ぱっと閃光のように昔の記憶が蘇った。
「つまんねー」が口癖の、一人の男子とのことを。
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