最終章 《運命の刻》
――時は少し前に遡り、ダイダラボッチが王国騎士団と激戦を繰り広げる頃、湖の方では飛行船が飛び立とうとしていた。乗組員はアルトとハマーンの弟子達、そして船首にはナイが立っていた。
本来であれば飛行中に甲板に立つ事は危険だが、それでもナイは船首に残る事にした。今回の作戦の要はナイであるため、彼はどうしても飛行船の甲板に待機していなければならない。
『いいかい、飛行船の移動速度はできる限り遅くする。但し、それでもかなりの風圧が襲ってくるはずだから落ちないように気を付けてくれ』
アルトに言われた言葉を思い出したナイは船首から落ちないようにしっかりと手すりを握りしめ、万力の如く握力で握りしめる。ダイダラボッチの姿は湖からも確認できるが、今の所は地上の王国騎士団と冒険者に気を取られて飛行船には全く気づいていない。
(この位置からでも見えるなんて……やっぱり、凄いな)
ダイダラボッチの巨体を確認したナイは少し前に自分がダイダラボッチに殺されかけた事を思い出し、もしも反魔の盾がなければ死んでいただろう。それでも彼はダイダラボッチから逃げるわけにはいかず、仲間と共に戦う事を決める。
(……不思議だな、皆が一緒だと全然怖くないや)
恐らくはナイがこれまで対峙したどんな敵よりも恐ろしい存在だとは理解しているが、それでもナイはダイダラボッチを見ても微塵も恐怖を感じない。自分達ならばなんとかできるという不思議な確信があった。
考え込んでいる間にも飛行船は動き出し、ダイダラボッチに気付かれないようにできる限り出力を落とした状態で浮上を行う。ここから先はダイダラボッチに気付かれない程の高度まで上昇し、ダイダラボッチに奇襲を仕掛けるのがあるとの作戦だった。
(ダイダラボッチは地上の皆に注目している……なら、空からの攻撃には対応できないはず)
ダイダラボッチは王国軍と戦う場合、地上の者達に注目して上空の警備が薄まる。その隙を突いて飛行船で攻撃を仕掛け、奴の身体に巨大剣を食い込ませる。しかし、もしもダイダラボッチが飛行船の存在に気付いたら危険を伴う。
仮にダイダラボッチが飛行船に気付いて攻撃してきた場合、兵器を内蔵していない旧式の飛行船では対抗できない。せいぜい体当たり程度の反撃しか繰り出せず、その程度の攻撃でダイダラボッチを倒しきれるはずがない。
(大丈夫だ、絶対に上手くいく……皆を信じろ)
それでも今回の作戦が採用されたのは王国軍の絆を信じた上での行動であり、ナイも内容を聞いた時は驚いたがこれまで苦難を乗り越えてきた仲間達と一緒なら絶対に成功できると確信した。
この作戦にはアルトとナイのどちらかが失敗すれば全てが終わるため、どうしても彼等二人は他の者たちと一緒に出向く事ができなかった。作戦の成功確率を上げるために他の人間はダイダラボッチと戦って貰い、少しでも損傷を与えるか、あるいは体力を消耗させる必要がある。
ダイダラボッチが弱り切った時に飛行船の最後の攻撃を行い、巨大剣を喰い込ませる。この作戦が上手くいけばダイダラボッチを再び封印する、あるいはそのまま倒しきれる可能性は十分にあった。
『ナイ君、衝撃に備えてくれ……発進!!』
「くっ!?」
拡音石という魔石を通じて飛行船の甲板にアルトの声が響き、飛行船が遂に動き出す。ナイは吹き飛ばされないようにしっかりと手すりを掴み、遂に飛行船は浮上した。
飛行船は浮上した時には既にダイダラボッチは巨大剣を引き抜いており、その光景を確認したナイとアルトは驚いたが、ここまできたら作戦を変更する事はできない。それに巨大剣を引き抜いて貰った方がむしろ都合がいい。
『ナイ君、準備をしてくれ……ダイダラボッチの上空へ到達したら飛行船は一時停止させる』
「分かってる……と言っても聞こえないか」
拡音石を通して声を届けられるのはアルトだけのため、ナイはアルトに言葉を伝える手段はない。それでもナイはアルトならば自分の考えが伝わると信じて手すりから手を離す。
風圧を耐え凌ぎながらナイは背中の旋斧と岩砕剣を掴み、攻撃の準備を行う。しかし、その前に彼はイリアから渡して貰った薬を思い出す。
『いいですか、ナイさん。この薬を飲めば一時的に魔力が活性化されます。つまり、普段以上に魔法の力を引きだせるという事です。その代わりに副作用で薬の効果が切れると地獄を見ますからね』
『怖いな……』
『その代わりに効果は保証しますよ』
イリアの言葉を思い出したナイは彼女から受け取った特別製の仙薬を取り出し、色々と考えた末に意を決して飲み込む。効果が現れるまでしばらく時間が掛かるため、その間にナイは船首の方へ歩を進める。
既に飛行船はダイダラボッチの上空に迫っており、やがて飛行船が停止した。ナイは船首の上から二つの大剣を背負った状態でダイダラボッチを見下ろし、そして彼は武器を抜く。その光景は正にヨウが予知夢で見た夢と全く同じ光景だった――
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