最終章 《夜》

――同時刻、飛行船の医療室では大勢の人間が集まっていた。その中にはモモやリーナの姿も有り、2人は心配そうにベッドに横たわるナイの様子を伺う。2人の他にも彼を心配した者達が集まっていた。



「ナイ君……全然起きないね」

「大丈夫だよ、すぐに目を覚ますよ……きっと」

「まさか、あのナイがこんな事になるなんてね」

「ダイダラボッチ……想像以上の化物のようですね」



医療室にはテンはフィルの姿もあり、2人は壁に背中を預けて話し合う。ダイダラボッチが復活した際にナイは攻撃を受け、地面の中に埋もれていた所を救出されたという話は聞かされていた。


ナイの強さを知っている者ほど彼がダイダラボッチに敗れたと聞いて衝撃を受け、改めてダイダラボッチがどれほど恐ろしい存在なのかを思い知らされる。そしてロランの報告によればダイダラボッチは夜を迎えると再び地上に出現する可能性が高いと聞かされ、全員が不安を抱く。



「飛行船の修理は大分急いでいますけど、まだ半分ぐらいしか終わっていないそうです。飛行船を飛ばす事ができないのでもしもダイダラボッチが今夜訪れたとしたら終わりですね」

「怖い事を言うんじゃないよ……ナイはいつ目覚めるんだい?」

「肉体の方はもう完全に治っていますよ。ですけど、今までの疲労が一気に襲い掛かってきてしばらくは目を覚ましません。まあ、朝までには目を覚ますかもしれません」

「朝ね……つまり、ダイダラボッチが現れてもナイの力は借りれないという事か」

「ナイさんが居ても居なくても話を聞く限りではどうしようもないと思いますけど?」



ダイダラボッチが復活したという報告を聞かされた者達は、正直に言えば半信半疑であり、小さい山ぐらいの大きさを誇る魔物が現れたなど聞かされても簡単に信じられる話ではない。


しかし、それが真実ならばダイダラボッチが現れた場合、討伐隊の中でダイダラボッチと戦える人間は数名も居ない。いくら自分の腕に自信がある武人が集まろうと、土鯨級の大きさを誇るダイダラボッチに攻撃する手段は限られている。



(デカすぎる相手にはあたしのような剛剣の使い手は相性が悪すぎるね……仮にナイが起きていても大して役に立てないかもね)



テンやナイやルナのような「剛剣」の使い手は自分よりも体格や筋力が大きく勝る相手とは相性が非常に悪く、残念ながらダイダラボッチが現れたとしても3人は対抗手段がないに等しい。


ダイダラボッチと戦えるとしたら魔術師の魔法が一番有効的だと思われるが、今回の討伐隊の中で魔法が使える人間はマリンぐらいしかいない。一応は魔導士の称号を持つイリアは回復魔法しか扱えず、彼女の場合は後方支援に徹してそもそも戦闘に参加しない。



「話には聞いていたが、まさかダイダラボッチが本当に蘇るとは……これもアンの仕業なのか?」

「どうですかね、そういえばアンは見つかっていないんでしたっけ?」

「ナイが発見された場所にはアンの姿は見かけなかったそうだよ。ついでに牙竜も……」

「ダイダラボッチに殺されたか、あるいは逃げたのか、もしくは……考えていても仕方ないですね」



行方不明となったアンの事も気にはなるが、現時点では討伐隊が気にするべき存在はダイダラボッチ以外に有り得ない。もしもダイダラボッチが本格的に動き出した場合、なんとしてもこの飛行船だけは死守しなければならない。


幸いにもダイダラボッチが復活した場所と飛行船が浮かんでいる湖は距離があり、見つかったとしてもある程度の時間は稼げる。しかし、飛行船を飛ばそうにも現在は修理中のため、もしも今夜ダイダラボッチが襲い掛かってきた場合は討伐隊は移動手段を失う。


ダイダラボッチが飛行船を見つけないように祈るしかないが、だからといってダイダラボッチが他の場所に移動するのも問題だった。特にダイダラボッチがイチノへ向かえば大惨事は免れず、一応は既にイチノには現在の状況を報告しに使者が派遣されている。



「イチノの方々は避難は済んだでしょうか……」

「そんなわけねえだろ……いきなり山の様に巨大なゴブリンが現れて街を襲うかもしれないなんて言われて信じられるか?」

「……確かにね」



アリシアの言葉にガロが反論し、今回ばかりはガロの言葉をテンは否定する事はできなかった。イチノの人間からすればいきなりダイダラボッチの存在を伝えられても簡単に信じられるはずがなく、避難しろと言われても他の街まで移動する手段も時間もない。


今夜のうちにダイダラボッチが動き出すのかどうかが問題であり、テン達は窓の外を見つめて間もなく夜を迎えようとしている事を知る。全員がダイダラボッチが現れない事を祈るが、彼等の願いは虚しく間もなく緑の巨人は動き出そうとしていた――

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